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#11 Galleryとの出会い

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

ビエンチャンに来てからというもの、もう一週間以上、わたしは毎日絵を描き続けている。

もともと、ここビエンチャンのことは、シーパンドンへ行くための中継地点としてしか考えていなかった。ルアンパバーンからシーパンドンまで、バスで陸路で一気に行くことは不可能ではないけれど、体力的に相当きついと聞いていたので、一泊だけすることにしたのだ。翌日また12時間以上になる長距離バス移動が待っている。体力を温存するため、遠出は控えて、宿から歩ける範囲を散策することにした。

ひととおり近場をブラブラした後、ゲストハウスに戻るつもりの帰り道、ショー・ウインドウからひときわカラフルな色があふれ出ている一軒のギャラリーが目にとまった。ふらっと、中に入ってみた。大小さまざまな絵が、壁に掛けられていたり、床に無造作に並べられていた。抽象的で力強い油絵から、淡く繊細で吸い込まれそうな色合いの水彩画まで。

もう閉店の時間だろうか? 誰もいない?

でもよく見ると、部屋の奥からボーっと明かりがもれている。一人の男性がパソコンに向かっていた。 このギャラリーのオーナーだという。彼は仕事を中断し、このギャラリーの趣旨や作品のいくつかについて、丁寧に説明してくれた。
「あなたも画家ですか?」という彼からの問いに「いいえ、違います。 絵を描くことは好きですが、もう何年も描いていません」とわたしは答えた。

彼はわたしに、ビエンチャンでの滞在予定を尋ねてきた。明日シーパンドンへ向かうバスが出るのは夜なので夕方まではいることを告げると「もしよければ明日またここへ来て、ここのアーティスト達と一緒に絵を描いて行きませんか?」

驚くような提案だった。 信じられない。でもギャラリー兼アトリエでもあるらしいここには、ついさっきまで誰かが作品制作を行っていたことが一目でわかる形跡があった。旅の途中、こんな素敵な絵に囲まれて、その傍らで一緒に絵を描けるとしたら、いったい何が起こるだろうか?

もしこれが日本での出来事であれば、社交辞令の言葉かどうかは”場の空気”で、すぐに判断できたと思う。でも、このオーナーの話し方や醸し出す雰囲気には、単なる社交辞令ではない、偶然の重要な何かがあるように感じてしまったのだ。
「考えてみます。ありがとうございます。」
そう答えるのが精いっぱいで、ひとまずギャラリーを後にした。

翌日、わたしは再びそのギャラリーを訪れていた。

喧騒の目貫通りに面したアートギャラリー。庇を大きく伸ばして、お客を招き入れていた


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