#2 旅の始まりはバンコクから
※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです
旅をするにあたって、あまりにも心もとない英語力をなんとかする目的で、一ヶ月間だけフィリピンの英語学校で、駆け込み修行に勤しんだ。長期の旅人の間ではもはやお馴染みになりつつある”語学留学 + 旅” 。残念ながら「たった一ヶ月で驚くほどペラペラに!」ならなかったのはまぁ当然だけれども、だからといってここで立ち止まってはいられない。
大学卒業以来、めっきりサビついて久しい自分の英語力に、まずは最低限の用を足し得る(つもりになって、コミュニケーションの一歩を踏み出せる)度胸が(多少なりとも)つけばよしと腹をくくって、旅のスタート地点に決めたバンコクへと向かった。
バンコクでの最大の目的は、予防接種を受けることだった。
日本では、海外渡航者向けの予防接種は今のところ保険適用外。つまり費用は全額自己負担。今回の旅では、東南アジアはもちろん、アフリカや南米にも行くつもりだから、出発前にある程度の接種計画は立てていた。そのうちのいくつかは日本出国前に既に済ませていたけれど、一定期間を開けて何度か打つ必要のあるものがあったり、日本で支払うとかなりの高額になってしまうものは「バンコクの医療機関で安く受けられるらしい」という情報をアテにして、残しておいたのだ。
それさえ済んでしまえば、バンコクにあまり長く滞在するつもりはなかったから、これといって観光情報や特に行きたい場所も調べないままフィリピンのマニラから飛行機でビュンと飛んできて、ドンムアン空港に降り立った。そこからひとまず、最初の宿を見つけるために街の中心へと向かった。
タクシーの運転手に告げた行先は“カオサン・ロード”。言わずと知れた ”旅人の聖地” だ。
到着した時間が早朝だったせいか、期待と不安いっぱいに思い描いていた光景---新宿歌舞伎町を何倍にもいかがわしくしたようなディープな雰囲気---は感じられない。そういえば、今のカオサンは「深夜特急」の時代とは違う、と誰かがどこかに書いていたなぁ…などとぼんやり思い出しながら、そぞろ歩く足取りから少しずつ緊張感が抜けていく。
初めての海外旅行は大学時代に友人と行った北京・上海を巡る旅だった。それ以来、学生時代の友人との旅ではいつも出発前にそこそこのランクのツインの部屋を予約していたから、現地に着いてから宿取りで苦労した経験はこれまで一度もなかった。社会人になってから参加したパッケージ・ツアーなんて言わずもがな、だった。
それが今回は一年くらいを見通した長期計画の一人旅だから、基本はゲスト・ハウスやユース・ホステルで、できるだけ安い宿を探そうと決めていた。理由はもちろん自分の経済状態への配慮もあるけれど、同じような旅人との出会いや交流を通じて、情報交換したり、新たな発見があったり、気持ちを分かち合ったりできるはず、という期待があったから。
とはいえ最初は正直、どう交流したら良いかがわからず戸惑ってしまう。
オープン・スペースで語らう旅人たちの輪が既にできあがっているのを見ると気遅れしてしまってなかなか近づけない。年甲斐もなく、というか、むしろ多くの若い旅人の年齢を頭ひとつ超えてしまっている自分に妙な引け目を感じて遠慮してしまう…というのが本音だった。
そんなこんなで、バンコクでの初日の夜は久しぶりに大いに落ち込んだ。
ここへ来る前のフィリピンの英語学校の寮では10歳以上も年下の初対面の女の子たちと相部屋で、学生時代のまるで修学旅行を思い出すような青春ぽい日々を楽しんできたはずなのに、ここバンコクに来てカオサン通りの脇を少し入ったところに見つけたうらぶれた感じの宿では、結局一番安いドミトリー・ルームは避けてしまい、シャワー&トイレ付きのシングルの部屋に落ち着いた。
他人の空気を読む必要も気づまりを感じる必要もなく、気ままなスタートを切れたはずなのに、階下のオープン・スペースから聞こえてくる話し声や笑い声に心がざわついて、真夜中の堅いベットの上で独り「こんなヘタレでこの先どうなっちゃうんだろう…」と、妙に冴え冴えとした頭の中をぐるぐると色んな思いがうずまいた。
天井でファンがブォ〜ンブォ〜ンと気だるそうにかき回す生暖かく湿った空気に包まれて暗い頭上を見上げなら、その夜はなかなか眠りにつくことができなかった。
気を取り直して2日目は自ら進んで話しかける作戦を決行。「臆していては何もはじまらない!」と自分を叱咤激励、鼓舞して、見つけた日本人に満面の笑顔で話しかけてみた。そうすると、なんだゴチャゴチャ考えることじゃなかったんだ。シンプルに挨拶から始めればいいんだ。
今のわたしから見ると多くの人は旅の先輩だ。自分が体験してきた失敗談や知恵を惜しむことなくシェアしてくれる。出会ってから自己紹介して間もないのに、PDF化したガイドブックの入ったハードディスク・ドライブを惜しげもなく貸してくれた人もいた。そんな親切に触れたとき、心細さと警戒心で固くなっていた心の中に、じわぁと新鮮な感動が満ちてくる。
受けた親切は、決して自分のところで止めてしまわない、循環させよう、そう強く心に誓った。
異なる国から来た旅人達の間で交わされる会話の中で 「どこの国の出身?」「どこを旅してきたの?」などと並んで、「何歳?」は必ず出てくる質問だ。ここでサバを読んでも仕方ないので「35歳」とウソ偽りなく答えるものの、胸を張ってというわけにはいかず、やはりどこかで引け目の気持ちが湧いてきて心がチクリと疼いてしまう。
そんな時「Age is just a number!」という彼らの言葉がボンっとわたしの背中を押してくれる。この言葉を初めて言われた時ただ素直に驚いて、ハッとした。
年齢にとらわれて引け目を感じるのは何かをあきらめる時のための伏線はって言い訳にしているだけじゃない?
この歳で決意していったん始めたことなら思いっきりやればいい。
賽は投げられたんだから。
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