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毎日続けることの難しさ

最寄の駅に、ビラを配るなら、ここ! というピンポイントスポットがある。朝はやたら元気な営業系。夜になると短いスカートをはいた若い女の子が立ち、休日になると新築マンションの宣伝ティッシュ配り。場所取りは早い者勝ちのようで、戦いに負けたと思われる人が近くの場所で細々と配っているのを見たのは1度や2度ではない。道路を挟んだ向かいにも、人が出入りする場所はあるのだけれど、いつもお茶をひいている。これだけ集まってくるのだから、ここはやっぱり何かあるのかなぁ、と日々通りながらぼんやりと考えていた。

昨年の12月のこと。
冬到来を感じさせる、肌が痛くなるような風が吹く朝、その場所で1人の政治家が挨拶をしていた。30代くらいの男性。たしかに、この場所は選挙が近くなると政治家同士の争奪戦が始まり、ビラ配りは端に追いやられてしまうことを思い出す。でも、年の瀬もせまったこの時期に、選挙なんてあったけ…?ちょっと不思議に思いながら、目の前を小走りで通り過ぎる。

その日を境に、毎日毎日、彼はその場所に立って挨拶をしていた。政党の旗を1本たてるだけ。名前を言うわけでも、マイクをつかって演説するわけでもなく、ただただ「おはようございます」「いってらっしゃい」「お気をつけて」と。彼が立ち始めたのと時同じくして、気温はグングン低下。空はどんより鉛色で、朝起きるのがしんどくなる。さすがに今日はもう立ってないだろう、そうおもっていくとやっぱり立っている。曇天とは対極にあるような元気な声であいさつを繰り返している。

2週間くらいたっただろうか。なんだか気になって、同じ通勤路を通っているダンナに聞いてみた。

「ねぇ、最近毎日、政治家の人たっていない? 選挙なんかあったっけ?」

「あぁ! 立ってる。若い男の人だよね? この時期に選挙なんてないのにって、俺も思っていた。」

ダンナは、私よりも1時間以上早く出勤している。つまり彼は少なくとも、1時間はずっとあそこに立っているということになる。

ある日、彼が少し離れた場所に立っていて、いつもの場所には別の政党の人が立っていた。別の政党の人は、マイクを使って声を響きわたらせて政策を叫んでいる。次の日、彼はいつもの場所に立っているのをみて、なんだかホッとした。別の政党の人は、その日以来立つことはなかった。

結局、彼は年の瀬まで立ち続け、新年早々もまた、立っていた。連日、とはさすがにいかなかったのか1日いない日はあっても、2日連続でいない日はない。挨拶を返す人もぽろぽろとでてきたし、おじさまが「がんばれよ!」と声をかけていくシーンを何度もみた。

彼の名前がわかったのは、先日の統一地方選挙の告示をみたとき。区議会議員に立候補していた。案の定、あの場所は政治家たちでひしめき合うようになった。でも、朝だけはやっぱり彼だけの場所だった。

選挙には絶対いくけど特定の政党は支持していないし、政治家なんてなぁ…という気持ちもある。でも単純に、毎日続けるってすごく大変なことだ。しかも、いくら挨拶したって大半の人は素通りする。たとえ目的があったとしても、楽ではないことを続けるチカラは誰にでも備わっているものじゃない。

投票結果が発表された翌日。彼はやっぱり、立っていた。晴れやかな顔で。いつものように元気な声で挨拶をしていた。

今年も、もう半年終わってしまう。
焦るわりには、自分のためにだって自分の好きなことにだって頑張りきれていない自分。どんなに小さくてもいい。何かひとつ決めたことを実行して、続けていこう。そう心の中でつぶやきながら、ピンと背筋を伸ばして挨拶をする彼の前を、ちょっとだけ会釈をして通りすぎた。


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