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ミーハーでいいさ、本を読め。

私は夏休みの宿題をやる時、
問題集のような終わりが明確なものは7月中に終わらせ、8月を満喫したあと、読書感想文や自由研究など時間のかかるものをラスト1週間で仕上げるタイプだ。
つまるところ学生時代に身についた習慣はそうそう変わらないってこと。


ある日の我がTwitterのタイムライン。流し見していた中に見つけた1件のツイート。近所の書店のアイコンと「松井玲奈さんサイン本在庫あります!」の文字。本との出会いなんてそんなミーハーなものでいいのだ。

アイドルに青春をささげていた私にとって、48グループの黄金期にSKE48でセンターをつとめていた彼女はまさしく神であった。その彼女が卒業後、俳優業や作家業に励んでいることは知っていたはずなのに、恥ずかしながら作品を拝見したことはなかった。アイドル時代、アイドルであるときも努力する素の姿も好きと宣いながら、なんたる失態か。そんな気持ちで手にした『カモフラージュ』という作品はまさに衝撃作であった。

いつもより荷物の重い日が好きだ。 お昼の弁当に加えても、もう二つ、夜に彼と食べる用の弁当を作る。食べる場所は決まって〝ホテル〟で ──「ハンドメイド」。 僕のお父さんは一人じゃない。お父さんの後ろには、真っ白な顔のお父さんたちが並んでいる ──「ジャム」。 恋愛からホラーまで、多種多様な全六編。

松井玲奈『カモフラージュ』|集英社

誰にも知られてはいけない、ホテルでの逢瀬。二人分のお弁当が並ぶその机はこの世界のどこかを切り取ったようにリアルだ。その数十ページ後にはふよふよと浮かぶ真っ白い大人たちという現実離れしたホラー。なんともバラエティに富んだ作品たちは「食」というテーマで1冊にまとまっている。

そう。コトバンクによれば”カモフラージュ”という単語は”様子を変えて、本当の姿、心情を悟られないようにすること。人目をごまかすこと。”という意味であるが、この本に収録されている短編すべてに共通するテーマは実は「食」なのである。

OLや男子小学生、動画配信者の三人組、メイド喫茶で働く少女、と、登場するキャラクターはみな、周りの目から本質をごまかすように生きている。その内面と外面の境界が「食」を通して描かれているのだ。

中でも私が一番衝撃だったのは『いとうちゃん』である。
メイド喫茶で働くことを夢見て群馬から上京した少女を主人公とする本作は、容姿にコンプレックスを抱いたことのある人であれば皆が共感する内容であろう。

主人公であるいとうちゃんは、上京による環境の変化と、あこがれのメイド喫茶で思うように働けないストレスで日々暴食をしてしまう。それに伴う体重の増加と容姿の変化は、かわいいメイドさんのイメージから彼女を引き離してしまう。そのおかげでまた思うようにホールには立てず、ストレスで暴食し、体重は増加し…の負のループ。そして最後に彼女は、とある選択をする。

私は最後の選択がかなり好きなので、解説したい気持ちはある。しかし今回はできればネタバレなしで読んでいただけるよう、伏せておこうと思う。
ただこの作品で衝撃を受けたのは最後の選択ではない。これを元アイドルである作者が描くのか、という衝撃であった。

メタ的な解説はあまり好きではないのであるが、容姿や振る舞いを重要視するメイド喫茶という場所から切り捨てられていく少女の話を、アイドルという究極のサービス業に従事していた彼女が書いている、というのはなんとも恐ろしく、生々しく感じないだろうか。

パフォーマンスを磨くためにたゆまぬ努力を重ねてきた人物による、努力ができなくなってしまった少女の話はどうにもリアルで痛々しい。彼女のようになりたいと言われ、あこがれの的であった筆者が書く、あこがれる側の視点。いとうちゃんはアイドル時代の筆者にあこがれた私になんだかかぶって見えるのだ。だからこそリアルで痛々しくて、でも最後にはいとおしい。いとうちゃんの自分を認め、新たな場所で輝こうとする姿は私に勇気をくれる。こんな作品を目の当たりにしたら、私は筆者の才能にあこがれてしまう。この作品をもって再度私は筆者のファンになったのだ。



何度読み直しても『カモフラージュ』という作品の感想が書けない。こんなにふわふわした感想文が許されていいわけがない。なのにもう時間がない。だから宿題は7月のうちに手を付けておかなくてはいけないのだ。何度この究極の教訓を得ても、私は何度だって同じ過ちを犯しているのだから手に負えないのであるが。
とりあえず言っておこう、『カモフラージュ』はいいぞ、読んでくれ。短編だから読書が苦手でも読みやすい。あの松井玲奈が書いている。そのミーハー心だけで読んでもいい。読めばわかるさ。ありがとう!




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