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【創作】過去作:5品

大したものではありませんが、味見していただければ幸いです。


快晴

閉め切ったカーテンを開けた。
鏡で目の周りの痣を見てにやけてしまう。
袋の中で少し溶けた飴を口にほおばる。
寝起きにはやけに甘く感じた。
不安で眠れなかった夜が嘘のような朝。
これから私がどうなるのか私も知らない。
風呂場で動かないままの彼に安堵する。
快晴。
海へドライブに行きたくなった。‬


Longer

鈍器のように分厚いメニュー表を眺める。
「『不信感を向けた人から向けられている不信感に気づいていないのかい?矢印は常に自分を指すものだ』を一杯貰えるかな?」
「かしこまりました」
マスターの手捌きに感心しながら、先日の礼を言う。
「この前ご馳走してもらった『無関心への関心すら無くなる氷点下の心を自覚するのはつまらない本を読むより面白い』とても美味しかったよ」
「ありがとうございます」
「ところで、このカクテル の名前の由来は何だい?」
「とある小説をヒントに考えました」
「タイトルは?」
「『終わりがはじまり出して終わらなくなった春を引きちぎって笑う女の感情線は短い』でございます」
「今度読んでみるよ、ありがとう」
出されたカクテルに味は無かった。


センスが悪い

外は大雨で、窓に打ち付ける雨粒で、景色がいい具合にぼやけた。まだはっきりさせたくない私には丁度いい眺めだ。恋人にセンスが悪いと貶された緑色の革ソファに沈むようにもたれかかる。着すぎて首周りがヨレヨレになった灰色のトレーナーに昨日の恋人の匂いが染み付いていた。
「別れようか」
抱かれた後にそう言われた。あれから何時間経っただろう。窓の外に見える向かいの赤屋根がまるで私に舌を出しているように見えた。さっき淹れた珈琲がどんどん冷めてくる。
さようなら、と口に出してみた。
さようなら、さようなら、さようなら。
喉が乾いて、声が掠れる。
すっかり冷えた珈琲を飲み干して、彼にメールした。
さようなら。
舌を出して中指を立てた自撮りを添付して。
返信を待つ自分がいた。
そうだね、私はやっぱりセンスが悪い。


告白

しんしんと夜が更ける。
足を絡ませたベッドシーツはひんやりとして、私の不安を助長させた。
今夜も私の背中を、きっと指がなぞる。
学校の屋上で、悪戯げに優子に背中をなぞられてから、その感覚が抜けずにとうとう今に至る。あの時高校生だった私は大学を卒業し、社会人となり、明日結婚する。
式を目前に、気にしていた背中にとうとう痛みを感じたのだった。
いつもなぞられているその感覚。あまりにも日常に溶け込んだその感覚は私を麻痺させた。背中をなぞられないと不安になる。
でも今日は違う。爪を立てられているような。なぞるというより刻みつけるような。私は痛みを我慢できず、電気をつけて鏡で背中を確認した。
みみずばれができていた。
赤く浮き上がる「愛してる」
何度もなぞられるその文字は、私の背中に血を滲ませた。
私に恋した優子を誰にも渡したくなくて。
あの日優子を屋上から突き落としたのは私だった。
愛していたのは私だ。


DELETE

ベッドの上で死んでいる裸の女の半開きの口の
中には柘榴の実がぎっしり詰まっている。それ
をスプーンで掬って食べる老人は呆けているの
か、赤ん坊のようにおぎゃぁおぎゃぁと泣き始
め、しまいには女の乳をしゃぶり始める。ラブ
ホテル「マイン」の702号室の隠しカメラに記
録されていたのは悪夢のような現実だった。
──
担当編集者は私の書いた原稿を数枚読んで、止
めた。
「面白いけど、いや、面白くもないのか。ますます君が分からないよ」
そう言って私の口の中に舌を滑り込ませてくる。今夜はヤるのが先か。繋がってる間に私の中にあるデータをダウンロードしてくれよ。暖房の効かない部屋で身体を寄せ合う23時45分。めんどくささの中に差し込まれる愛の真似事は泡沫の夢を見させる。死んだ女も老人も、明日には世界からデリートされるだろう。
ねぇ、私も?
私が小説家でいる理由をいつか奪われる前に、
物語を書き上げなければ。それはきっと、悪夢
から私を救ってくれるから。

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