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愛玩の君 ─6─

   マントの男は椅子の上の骨を執事に退かせると、どろどろの肉塊の中に手を入れ、探った。真っ赤な肉塊はぐちゃぐちゃと音を立てる。その中から取り出されたのは、小さな人形だった。
   マントの男は産まれたての子供の体を拭くように、人形にまとわりつく血液を布で拭った。そして、倉田に渡した。
倉田は嬉しそうにその人形に頬ずりする。
「アヤカはね、僕の花嫁になるんだよ。ヌワイエ様、この子にはとっておきのドレスを着せてあげてね。」
そういうと、倉田は自ら服を脱ぎ、裸になった。
「僕はね、寂しかったんだ。これからはみんなと仲良く暮らしたいよ。でもね、ヌワイエ様。僕をいちばんに可愛がってね。」
そういうと、倉田はシャーペンの先で器用に自分の胸に自分の名前を刻む。
〈タクマ〉
「ヌワイエ様、お導きを。」
マントの男は、倉田の頭をひと撫ですると、またあの呪文を呟いた。


   呼び鈴が鳴る。
   老いた執事はマントの男の元に向かった。
「ヌワイエ様、何か御用でしょうか?」
廊下の床に座り、子供のように人形遊びをするマントの男は、執事に気づくと、マントの中から大切そうに古びたノートを取り出し、執事に預けた。
「                               」
「かしこまりました」
執事はそのノートを金庫に入れて鍵をかけた。
マントの男はブツブツと執事に話しかける。
「                                                」
「はい、ご用意できております」
そう言って、執事は上着の内ポケットから小さな白いドレスとベール、タキシードを取りだし、両手で手渡した。
   マントの男が手で何かを招くような仕草をすると、壁に飾られた人形たちの中から、ひとつの裸の人形がコトコトと動きだし、宙を浮いた。それはマントの男の元にスーッと寄ってくる。マントの男はその人形を手に取ると丁寧にドレスを着せた。そして、呼び鈴を鳴らすと、老いたメイドが、胸元に〈タクマ〉と刻まれた人形をマントの男の元に大切そうに持ってきた。それはどの人形よりもぴかぴかに磨きあげられていた。マントの男はその人形にタキシードを着せる。

「            」

マントの男はブツブツ呟くと、そのふたつの人形にキスをさせた。すると、館中の人形たちが動き出し、一斉に拍手をした。
「祝福の日でございますね」
執事はマントの男に微笑んだ。


   私は久しぶりに酔っ払って良い気分だった。
   上京組での初めての高校の同窓会は、ヨースケくんのこともあって少し不安だったけれど、みんな元気そうだ。
「それにしても永田君さあ、なんでそんなに体鍛えてんの?あんなに痩せてたのにこんなにゴリマッチョになって。しかもしっかり日焼けもしてるし。ねぇ、ホント面白いんだけど。」
望美はあまりにもイメージの変わった永田君を面白がってからかった。
「あはは。うるせえなぁ、俺、今めっちゃカッコイイっしょ?ジムでインストラクターやってんのよ。日焼け?週一で日サロ行ってんだぜ。この黒さは努力の賜物よ」
永田君はみんなを笑わせた。楽しい会話にさらにお酒もすすむ。
   誰もヨースケくんのことには触れなかった。でも、それは優しさでもあると思った。傷ついた過去に目を背けているわけじゃない。まだ完治できない傷を抉らないように、それぞれが気を遣っているだけだ。私はそんな思いやりのある仲間に出会えて、本当に良かったと思った。
   楽しい時間はおわり、それぞれ店をあとにした。私はみんなに「またね」と挨拶して、タクシーを捕まえて乗った。
「お客さん、どこまで行きます?」
「○○ストアまでお願いします」
私が自宅近くのコンビニをつげると、タクシーは出発した。
   車内ラジオからは今流行りのポップスが流れている。私がその歌を口ずさむと、運転手が笑いながら「お客さん、上機嫌だね」と言った。
沈黙が苦手な私は、楽しい運転手にあたってラッキーだと思った。会話を弾ませていると、ラジオの音楽が止んで、怪談・オカルトコーナーが始まった。ああ、もうすぐ夏だな、と思った。
『……パラレルワールドとかマルチバースって言うでしょう?私たちはね、あらゆる世界の中に存在するんです。実は、それは時に交差し、複雑に絡み合う。まるで迷路のように……』
「パラレルワールドだのマルチバースだの、僕、何言ってるかわかんないよ。お客さん、わかります?」
「あはは、わかるわけないじゃないですかー!でも、いろんな時空が存在するとしたら、死んだ人とかにも会えちゃうのかなー?」
「死んだ人ねぇ。幽霊ってこと?それは話が変わるんじゃないんですかね?それよりも、この世界で死んだ人が別の世界では生きている、とか、お客さんも別の世界では別の人生を生きてる、とかそういうのが夢あると思うんですけどねぇ」
「ああ、それいいですね。私、今の人生もそれなりに好きだけど、違う世界で違う人生歩んでるなら、お金持ちであってほしいです!」
「お客さん、面白い人だね」
「運転手さんの方こそ」
そう言って笑いあった。
   本当は、ヨースケくんと幸せになれる世界に生きたい。そう思った。

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