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愛玩の君 ─最終話─

マントの男は古びたノートを開いた。


○月‪✕‬日
親の転勤で転校したけれど、僕は学校にほとんど通わなくなった。僕にはそんな暇ないんだ。僕は僕なりの復讐を考えなくてはならないから。いや、復讐なんて容易いものじゃなく、アイツらを破滅させる方法を考えなくちゃならないんだ。
【コバヤシ ヨウスケ】
この名前をテレビで見たり聞いたりする度に、狂いそうになるほどの怒りが込み上げてくる。コイツを死ぬまで、死んでからも、苦しめ続けられるなら、そうしてやりたいと思った。でもなんだかおかしかった。ヨウスケの僕に対する執着。僕がタチバナに告白したからってそんなに恨むこともないだろうに。と思ったけれど、そもそもコイツがタチバナに想いを伝えられない度胸のなさが馬鹿みたいに面白かった。弱い人間ほど勇気を持てない。弱い人間ほど人に寛容になれない。弱い人間ほど自分の強さを誇示したがる。弱い人間ほど人の目を気にして自分を良く見せようと躍起になる。弱い人間ほど長いものにまかれようとする。あのクラス全員が弱くて哀れな人間だ。僕はそう思った。
反対に、強さとはなんだろうとも思う。もし、強さが悪を許すことなら、それはきっと違う。だから、僕は僕をいじめた奴らを絶対に許さない。けれどそうして許さないことが悪となり、弱さとなるなら、僕はとことん弱い人間になろうと思う。弱い人間になって悪を容認し、僕は僕なりの正義の悪を貫きたい。そして、ヨウスケを、みんなを、地獄に連れてゆきたい。でもね、僕にはそんな力なんてない。それに、本当は僕は寂しいんだ。だから僕だけの味方が欲しい。僕だけの神様がほしい。そう願ったらヌワイエ様に出会えたんだ。ヌワイエ様は僕を見放さない。

‪✕‬月□日
ヌワイエ様は僕に力を与えてくださった。僕はヌワイエ様のものになりたい。

◇月○日
ヌワイエ様は人形が好きだ。あらゆる人間を人形に変えることができる。もしかしたら僕みたいに寂しいのかもしれない。それならもっと人形を増やしてあげなくちゃ。僕はヌワイエ様の世界の創造に貢献したい。

□月◇日
タチバナ アヤカ
彼女は僕のもの

ヌワイエ様の呪文:フゥイテェウホォラウルゥアーヤァイニィ

ヌワイエ様の世界の紋章:薔薇の花

僕が創造主になれたらとても面白いのになぁと思う。みんなに存在を無いものとされた僕が。でもそんなことありえないから、ヌワイエ様に助けてもらうんだ。

○月○日
なんだか頭がおかしくなりそうだ。いや、もとからおかしかったんだ。僕はもう僕じゃないのかもしれない。

ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ様ヌワイエ

‪✕‬月‪✕‬日
ヨウスケを人形にするまでにいろんな苦しみを与えた。ヨウスケが他の奴らに僕を殴らせたみたいに、おもちゃの兵隊たちに殴ったりけったりさせた。何日も寝ずにピアノの演奏を続けさせて、綺麗な指を痛めつけた。数えればキリがない。でも僕の心は変わっていった。僕と同じような目にあって、憔悴していくコイツを見ていると、なんだか仲良くなりたいと思った。僕は慈しみを込めて、シャーペンでヨウスケの胸に彼の名前を刻んだ。今日、晴れてヨウスケは人形になった。


マントの男は呟いた。
「                         」


   田中たなか わたるは、会社の昼休みにひとり、ファストフード店でハンバーガーを食べていた。すると、近くの席に座る女子高校生たちが何やら楽しそうに話しているのが聞こえてきた。

「ヌワイエ様って知ってる?」
「あー、最近よく聞く都市伝説でしょ?」
「そうそう!時空を操れるとかなんとかって聞いた」
「あはは、何それ、適当だなー」
「それでさ、そのヌワイエ様って人形だらけの館に住んでるらしいんだけど」
「うん」
「その人形って全部、元は人間だったらしいの」
「え?何それ。それって人間を人形にしたってこと?」
「そうそう!誘拐した人を自分の館に連れて行って、なんか変な呪文で人形にしちゃうんだって」
「うける。こんな話、誰が思いつくんだろうね」
「だよねー。でもさ、自分の推しが人形になったら、それ絶対欲しくない?」
「やばい。思考回路どうなってんのよ」
「冗談だよ、冗談!」
「嘘つけ!本気で思ってるでしょ」


「ヌワイエ様か」
渉は暇つぶしにスマホで〈ヌワイエ様〉と検索してみた。ブログや書込み掲示板、動画サイトなど、ネット上でも様々に噂されていた。
   昼食を終え、会社に戻り、その都市伝説について同僚に話すと大笑いされた。
「ヌワイエ様ねぇ。そんなのまだあるんだねぇ」
「ホント。面白いよなぁ。でも確かにその女子高生たちが言ってた通り、自分の好きな人間が人形になったら欲しいよな。むしろ、俺、人形にして所有したい願望があるかもしれない。」
「うわ、田中、なかなか気持ち悪いな」
「冗談だよ」
渉は内心本気だった。去年他の男と結婚した元カノのめぐみのことを思い浮かべた。彼女の気持ちなどお構いなく、彼女を人形にして自分の手元に置く。そんな不埒なことを考えた。

   その夜、渉は自宅でビールを飲みながら、ヌワイエ様についてもっと詳しくネットで調べてみようと思った。パソコンでいろんなサイトを覗いていると、『ヌワイエ様の愛玩作り』というブログがあった。渉は面白半分にそのブログを開いた。

ヌワイエ様の愛玩作り
【作り方】
①人形にしたい人間に赤い封筒を持たせ、ヌワイエ様の館に入らせる。
②その人間に呪文を一定時間聞かせる。
③その人間に赤い封筒を開かせる。(薔薇の紋章)
④その人間の胸にシャーペンでその人間の名前を刻む
⑤最後にその人間に呪文を聞かせる
(真偽は不明)

「はは。くだらねえなぁ」
渉は笑いながらも、ヌワイエ様にのめり込んでいく自分に気づいた。
さらに読み進めると、音声リンクが貼られていた。恐る恐るそのリンクをクリックする。

フゥイテェウホォラウルゥアーヤァイニィ

渉は聞いたことのないその不気味な声に身震いした。
彼は知らない。これから自分に降かかることを。ヌワイエ様に出会うこと、そして、自分が人形にされることを。

〈了〉



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