家系 その味を継ぐ者…(2話目)
一口だけ、もう一口だけ、あともう一口だけ、とレンゲでスープをすくう手が止まらない。このまま全て飲み干してしまうのでは無いのか、と、ふと我に返りレンゲを置き、箸を手に取り麺を持ち上げ、店内の空気を丸ごと全部吸い込んでしまうかのような勢いで啜ってみる。
「ゴフッッ」
熱々の来訪者に喉から始まる器官達が驚きの声をあげる、少し咳き込みながらも丼に3枚のっている大判の黒々とした海苔をスープに浸す、パリっとアイロンがかかったスーツを身に着けたビジネスマンにも似た姿だったが、スープが染み込んでいくにつれ、帰宅後のリラックスしたクタクタの部屋着に着替えをしてきた姿にも見える。
クタクタの部屋着みたいになった海苔を1枚取り、ラーメンの相棒である半ライスに広げてのせる。
ほんの少しだけレンゲでスープをたらし、広げた海苔でライスを包んで一口で頬張る。
咀嚼する度に口内に広がる大海原、クオリティの高い香り、直ぐに後を追いかける様に麺をすすり、スープを飲みとどめをさす、バランス良く調和の取れたカオスだ。
「ふぅ…」
気がつけば、丼の中にはいつも最後に食べる事に決めている味玉を残すのみとなっていた、つるんとした毛穴の無い、元々は真っ白だったその肌を彩る褐色は、部活動に夏休みの全てを費やした「青春」という時間が色褪せ時が経ち、セピア色になってしまった記憶の色にも似ている。
左手に持ったレンゲで味玉を丼のヘリに沿うようにすくう、固いとも柔らかいともいえないとても不安定にみえるタンパク質の塊に、自分自身にとって正しいと思える真ん中にすっと箸を入れる。
より一層不安定さを増した二つに割れたタンパク質の断面。その断崖絶壁からスロー映像のように溢れだす真夏の太陽の様な濃いオレンジ色をしたトロトロの黄身。
食べ始めるという行為は、食べ終わりへと向かっていく何処までも続くような一直線に伸びていく道、広大な大地に記された複数の物語を繋ぐ記号みたいだ。
レンゲの上に残っている割られた片方の褐色のタンパク質。もう箸は使わない、レンゲにのせたまま口へと滑り込ませる、咀嚼する必要は無い、とろけながら喉がそこを通り過ぎた事を伝えてくれる。
最後に一口だけスープを口にする。
食べ終わり、丼をカウンターの上に戻すと店主と視線がぶつかる、その声がちゃんと耳に届くようにはっきりと伝える。
ーーー「ごちそうさまでした」
ーーー「はい、まいどーっ」
言わずもがなワンセット、だ。
僕はきっと来週もこの味を求めてこの扉を開けてしまうんだろうな、と思いながらそっと扉を閉めた。
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