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家系 その味を継ぐ者…(1話目)
その夜も僕は「ラーメン」と「半ライス」と「半熟卵」と記載されているボタンを、ひとつずつ、ゆっくりと間違えないように丁寧に押していく。
今週末も又、先週の休前日と同じラーメン店での夕食となった。
券売機に野口英世が印刷されている紙幣を1枚吸い込ませる、銀色に光った受け取り口からは食券だけが滑り落ちてくる、いつもの事だが、幾らかの釣り銭が戻ってくる事は無い、今日もいつもと同じ様にちょうどぴったりと野口英世1枚分が財布の中からいなくなるメニューの組み合わせを選んでいるからだ。
店内の9人掛けのカウンターの空いている席に少しだけ体を斜めにして収まる、食券をカウンターの上に見えやすい様に並べ、プラスチックのコップを取り、ポットを手に取るとずっしりと重い。所狭しと詰め込まれた、氷で大渋滞している中をすり抜けながら流れてくる水をコップに注ぎ、一口だけ飲み店主からの声掛けを待つ。
作業の合間を縫って、いつもと変わらない少しだけ高く、良く通る声で問いかけてくれる。
ーー「お好みあれば……」
ーー「味濃いめでカタメで…」
磁石のプラスとマイナスが、自然とその身を寄せ合いワンセットになる様に、店主と僕の会話も一語一句違わずいつもワンセット、だ。
いつも通りのワンセット、つまり、僕と一往復だけの会話を終えた店主は、僕の頼んだラーメンを作り始める。
定番の製麺所の名前の入った木箱から、一人前づつに分けられている麺を取り出し、グラグラと地獄風呂のように煮立った寸胴鍋に、丁寧に指先でほぐしながら投入し、カタメに茹で上がる時間がくるまでその他の作業を進めていく。
予め温められている丼に、エッジの効いた醤油ダレを濃いめになる量を入れ、鶏油を張る。
そして別の寸胴鍋で炊いた豚骨のあらゆる部位から絞り出した濃厚なスープを丼に注ぎ込み、ハイボールを作る際の、ウィスキーと炭酸水を混ぜる様な所作で、一度だけ菜箸を時計回りにくるりと回す。
店主は、おそらく利き腕であろう右の手に平ザルを持ち、寸胴鍋の中を逃げ惑うカタメに茹で上げられた中太麺を、氷上を華麗に滑走するアイススケート選手の様な滑らかさで掬い上げていく。
そしてグラグラと煮えたぎる寸胴鍋から平ザルを上げ、指揮者が演奏の始まりを告げるかの様に自身の胸の高さまで持ち上げると、鳩尾まで急降下させ、何かにぶつかったかの様に急停止させる。
「ちゃっっっっ」
カタメに茹で上げられた中太麺の力強い産声が確かに僕の耳に届く、2回、3回、4回と大道芸人の様に宙返りしながら、まとわりついている余分な水分を削ぎ落とし、褐色のスープが張られた丼へとダイブし、麺線が綺麗に整えられトッピングをのせて僕の目の前に置かれる。
ーー「はい、味濃いめカタメ」
ーー「ありがとうございます」
言わずもがなワンセットな会話。
鶏油が張られているので、もうもうとした湯気は立ってはいないが、手前に引き寄せた際に感じる丼から手の平に伝わってくるその熱さ。
「ジュルッっっ」
スープをちょうど一口分レンゲですくい上げ口内へと運び、ワインをテイスティングする様に転がしてその味を確かめる。
「美味い……」
真夏の午後のカラカラに乾き切った土のグラウンドに、突然降り出した夕立ちが落としていく全ての雨粒を吸い込んでしまう様に、その味は僕の体の隅々まで沁み渡っていく。
続く…と思う…
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