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『よなおし』乱Ⅰ


なにわのダークナイト大塩


登場人物
大塩平八郎 二十代(月代)四十代(総髪)
弟子 郡次
洗心洞塾頭 伏名半七郎
大阪西町奉行所与力 弓削新右衛門
ひったくりの かんた
ゴロツキの びんた
大阪東町奉行 跡部良弼
江戸老中 水野忠邦(声)
瓦版屋光介
古本三河屋
町の衆 二人
塾生農民
大塩格之助(声)

第一幕
一場 大阪の大通り
●建てかけの家々が見える。復興の途上の町のすがた。トンテンカンと金槌の音や作業を進め忙しげに響いている。

瓦版屋光介 「天保七年二月十七日 難波の街で起こった泰平の世を揺るがし、お上に楯突いた大塩平八郎の乱。さあお立会い、この瓦版屋光助が一味の幹部の郡次のお白州で喋ったあらましを手に入れたよ。なんと、謀反の首魁の大塩平八郎は若い頃、民をいたわり、悪い役人を許さない熱血の正義の人だったていうんだ。ほんとかね。あんなおおごとをおっぱじめた大謀反人
が正義の人だったなんて、嘘か真か、ここに一部始終が書いてあるよ。
買ってくれ、読んどくれ」
町の衆「あの大罪人大塩が正義の人だなんて、おかしいじゃねえか。おめえ、こないだの瓦版には、大塩は息子の格之助の嫁と出来てた人の道を外れた犬畜生だって書いてたじゃねえか。」
瓦版屋光介「(声をひそめて周りを伺いながら)あれはお奉行所からそう書けって言われて書いたんだよ。(声を上げて)さあさ郡次がくっちゃべった真実の大塩平八郎の姿を読んでくれ、買ってくれ。」
町の衆「そうか、じゃあ騙されたと思って買ってみるのもいいが、チョイ見せで中身を少し話してくれや。」
町の衆「俺も聞きてえ。」
瓦版屋光介「仕方ねえなあ。ちょっとだけだぜ。ちゃんと買ってくれよな。」

二場 天王寺 遊郭前
●三味線、酔客、遊女の誘い声の喧騒(音)
店前で緊張の面持ちで待つ若い与力・大塩平八郎。そこに店から
転ぶように出てくる男三人。
一人は与力二人は派手ななりの遊び人風。

かんた 「今夜も満月桜満開ですなあ。」
びんた 「ほんま、昨日も明日も満月。先月も来月も桜満開。こんなにも毎日満月桜満開なのも弓削様のおかげですぜ。」
かんた 「さあさ、次はどこで飲み直しましょうか?」
びんた 「いやいや、焦るな、かんた、その前に腹ごしらえ。船場吉兆で河豚鍋か、銀座江戸前の寿司もよし、、フランス料理のフルコースでも。ね、いかがでしょう弓削様。」
弓削  「(大塩の気配に気づきつつ)もう贅沢料理は飽きたわ。たまにはしずかなところでしんみりと冷奴でも食ってみたいものよ。」
かんた 「ははは、それもおつですなあ。」
びんた 「(大塩に気づき)あ、その前に、弓削様またきてますぜ、あれあれ。」

●びんたが指差す先に大塩。一歩踏み出してくる。

かんた 「ああ、ほんまに。チョロチョロとネズミのように(ふっと馬鹿にして鼻で笑う)」
びんた 「(大塩に)旦那がいくら探ってもいくら騒いでも、弓削様のうしろには西町のお奉行の内藤様がついていらっしゃるんだ。騒いでも唸っても無駄無駄。帰って渋茶でもすすりながら滑稽本でも読んでたらどうだい、青びょうたんの旦那。」
大塩  「(おもいつめたように)私は・・」
びんた 「お、なんだよ(茶化すように)」
かんた 「やろってのか(肩をいからせて)」
大塩  「私は茶は飲まん。茶は贅沢だ。倹約節約は君子の道。私が好むのは白湯だ。」
かんた 「(拍子抜けして)白湯ってあの水を沸かした、お湯にお湯を入れる、お湯だけのお湯か。」
びんた 「(呆れてかんたとみつめあい)しみったれ。白湯侍が。」
かんた 「(気を取直して)で、何しにきたんでい。この青びょうたんのしみったれの白湯(さゆ)侍。」

●様子を見ていた弓削がかんたびんたの前に出てくる。

弓削  「かんた、びんた、そう困らせるでない。このお方こそ東町奉行所、定町廻り役の大塩平八郎様だ。」
かんた 「あ、あの、大塩ってこいつのことでしたか」
びんた 「(大袈裟に相槌打ちながら)ああ、あの。あきんどから届いた付け届け。ありがたくもらっておけばいいのに、その場で饅頭箱を突っ返し」
かんた 「その場であきんどを怒鳴り上げ。」
びんた 「その場で周りの同役に『貴方達がこんなまいないを受けとるから』」
かんたびんた「(声をあわせ)『腐敗したあきんどが浪速の町にのさばるんだ』」
かんた 「と怒鳴り散らしたという伝説の正義のお役人様。」
弓削  「そのご高邁なお役人様だ。きっとこの界隈に盗賊が潜んでいるとみこんで張り込みをされているのだろう。かんた、冷奴でも差し入れて差し上げろ。びんたは大好物の白湯をご用意しろ。」
かんたびんた「へい(二人は舞台の両袖に消える)」

●残された二人は、舞台の真ん中で顔が近づかんばかりに睨み合う。

大塩  「西町奉行所与力弓削新右衛門、自らの罪を認め、お縄につけ。」
弓削  「与力仲間を密告して、役人が続けられるとでも思っているのか。」
大塩  「貴殿の配下は数十人。窃盗強盗人殺し、極悪人ばかり、そやつらから金を上納させ犯罪を見て見ぬ振り不問に付して集めた金品なんと三千両。令和の世なら六億円。毎日毎月満月桜満開のはずだ。すでに調べはついている。」
弓削  「ほ、お役目ご苦労様でござる。そんなに頑張ってたのか、おれは。よく働いた世の、俺は。そして よく調べたよの、お主。しかし、正義ばかりで世は渡れんぞ。その調べ、上司に報告しただろ。報告してその後、どうなった。さぞ褒められたであろうの。(バカにしたように)」
大塩  「(悔しげに)突き返された。西町のことに東町のものは手出しならんと。弓削には西町奉行内藤様の後ろ盾がある故、触れてはならぬと。」
弓削  「お主の上司はこなれておるのう。世間はそうしたものよ。政治とはそうしたものよ。金は力。金こそ力。おぬしも上を目指すなら青いことばかり言わないで大人になったらどうか。もちろん、分け前は与える。金は力になるぞ。」
大塩  「ば、馬鹿にするな。私は貴殿とは違う。」
弓削  「どう違う。同じだ。」
大塩  「違う(刀の柄に手がかかる)」

●すかさず飛び退いた弓削も刀の柄に手がかかっている。
冷奴と白湯を持って帰ってきたかんたびんたが慌てて皿と湯呑み
を置いて弓削に加勢の姿勢をとる。

大塩  「奉行所がうぬらを捕らえぬのなら、みどもが天誅を下す。」

●大塩すらりと刀を抜くが切っ先がすでに見てわかるほどに震えている。 

弓削  「寒いのか、寒かろうのう。ガタガタ震えておるのう。貴様の先祖は恐れ多くも神君家康公のお馬先で功を成し家康公御手ずから弓を賜ったと吹聴しておるようだが、ふふふ、聞いておるぞ。実はおぬしのじい様は阿波の生まれ。与力株を買官したとの噂。功臣の誉れ高き大塩家の末裔をお名乗り申されるそこもとが実は所詮買官の輩の孫、とは。正義を名乗るのも片腹痛いわ。」

●弓削も刀を抜く、切っ先が触れ、大塩の震えでかちかち音を立てる。

大塩  「人は生まれではない。人は学びと行いで決まるもの。」
弓削  「どうした。正義の与力、震えが止まらぬのうう。武芸の家門が笑わせるわ。」
大塩  「言うな、これは、武者震い。天誅の刃受けてみよ。かわせるものならかわしてみよ。」

●二人の気迫を息を詰め見守るかんたびんた。
大塩と弓削の立ち回りがはじまる。
しかし最初の一撃で大塩の膝が折れ、あとは受けるのみ。
たちまち劣勢に立たされる。

弓削  「どうした。正義。貴様の正義の刃とやらは口先だけについているのか。」
かんたびんた「そうだそうだ。」

●数合の斬り合いのうちに大塩は追い詰められ、屈する。
とみるや、かんたびんたが倒れた大塩に飛びかかり、殴る蹴るの後から加勢。弓削悠然と刀を鞘にもどす。
ひざまづく大塩の前に立ちはだかる弓削新左衛門。

弓削  「弱い、弱いのう。貴様の正義。言葉こそ勇ましいが力に欠けるのう。行くぞ、かんたびんた。」
かんたびんた「へい。」

●従うかんたびんた。
残された大塩、悄然と刀をおさめ、呆然と冷奴と白湯を飲む。

大塩  「はーーーー白湯はうまいなあ。(深いため息)」

●一息着くと大塩は胸を張った。
そこに駆け寄ってくる男。町人風、どこかの大店の
手代だろうか。

郡次  「大丈夫ですか。」
大塩  「大したことはない。」
郡次  「でも酷いことしやがる、寄ってたかって。痛いでしょ。お助けしたかったのですが、足がこわばって動かず・・」

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