【禍話リライト】オレじゃないですか?

 関東地方のどこかにある廃病院で起きた話。


 その廃病院は、まだその地域に人がいて栄えていた時期に建ってられたそうだ。よくある話だが、その地域から段々と人が少なくなっていくのに伴って潰れてしまい、病院の痕跡があちこちに残ったままの廃墟と化していた。
 その廃墟の建っている場所が立地的にちょうどいいのか、あまりにも廃病院に肝試しに来る若者が多く、大量の落書きが残され、あるいは壁や窓などが割られまくっていたという。
 管理している不動産会社も、そういった迷惑な肝試し対策のために周辺を覆って、簡単には侵入できないようにしていたそうだ。
 …あくまで簡単には、という事で、不動産会社が対策して以降も、まだなお無茶して侵入しては肝試しをする者が後を絶たなかったらしい。

 その日も、こういった無茶な侵入者であるヤンキー集団が、肝試しにとこの廃病院に車でやって来た。ところが、そのような集団の中にも一人はまともな人が居たそうで、ここまで車で皆を運んできた運転手が、

「私有地に勝手に入ったら怒られるから入りたくない」

 と車を降りようという時に急に言い出したらしい。
 他の面々は「チキン野郎」「お前はもう俺たちの仲間じゃねえ」等と罵って、運転手を車に残したまま廃病院に向かった。

 廃病院の周囲を観察すると、囲いが出来てから時間が経ったためか、はたまた他に何人も侵入者がいるためか、とにかく周囲を覆っているベニヤ板の間に、一か所かなり大きな隙間があったらしい。
 その隙間からするすると中に忍び込んで、一通り廃墟の中を見て回ったものの、病院の中は落書きがあまりにも多すぎて、そんなに怖くなかったのだそうだ。

「何だよ面白くねえな…」

 口々にそう言いあっていると、奥に誰か人が居る気配がした。
 幽霊などではなく、完全に存在する人間のそれだったそうだ。
 誰だ!と勇んで奥を調べると、車に残ったはずの運転手がそこにいる。

「なんだ、お前も独りぼっちが怖くて結局来たのか。お前よく明かりもなしにここまで来たな~」

 何故か明かりも持たずに暗がりに立っていた運転手に話しかけると、それに呼応するかのように、角にふっと隠れた。

 「なんだよ拗ねるんじゃないよ~」と近づいてみるとどこにもいない。人が隠れられそうな場所や物は大量にあったため、周囲を探してみたが見つからない。

「あいつ確かにここに居たよな?」「なんだこれ?」

 疑問を口にしていると、段々と怖さがこみあげてきたため、そろそろ帰ろうか…という空気にすぐになったそうだ。

「おーい!どこに隠れてるのか知らないけど、先に戻るぞ!帰りもまた運転してくれよ!」

 そう奥に呼びかけた瞬間、廃病院の外でバーン!!という大きな音がした。
 慌てて音のしたほうに向かうと、周囲を覆っていたベニヤ板の一か所に車が突っ込んで、途中で引っかかっていた。

 ベニヤと言っても侵入者防止のために建てられたそれなりに頑丈な板で、少なくともアクション映画のような壊れやすい板ではない。そのためか、板だけでなくぶつかった方の車もだいぶ損傷しているようだ。

 慌てて近寄って運転席を見ると、さっきまで建物の中にいたはずの運転手がちゃんと運転席にいる。

「えっ!?なんで!?車にいる?突っ込んだ?」

 皆次々と疑問が湧いてきたものの、まずは運転手に何が起きたのか、状況を確認することにしたそうだ。

「お前何してんだよ!」
「えっ?」

 あまりにも普通な感じで、運転手から返事が返ってきたという。
 てっきり何か理由があって、例えばパニックになったとかで突っ込んだのだと思った他の面々は完全に虚を突かれた。

「えっ?なにが?」

 運転手の落ち着きようは、まるで事故も何も起きてないかのようだった。

「何が?じゃないよ!お前、車が突っ込んでるじゃねえか!」
「えっ?…ああ、本当だね」

 あ、ヤバい。こいつ普通じゃない。

 仮に、さっきまで放心状態で現状を上手く把握できていなかったのだとしても、自分の運転する車が板に突っ込んでいる、という現状を見たら慌てふためきそうなものなのに。
 今この状況がさも当然の、ごく一般的な状態であるというような、平然とした反応が返ってきたらしい。
 運転手はそのまま何事もなかったかのように車をバックさせて戻ろうとするが、板の引っかかりや車の損傷具合のせいで全く動かない。

「警察呼ぶしかないねぇ、これ。ははははは」

 運転手が半笑いでそのような事を言う。

 その様子があまりにも気持ち悪かったものの、とは言え他にできることもなく、結局自分たちから警察に通報して来てもらったそうだ。


 この時駆けつけた中にいた一人が、本話の提供者であるAさんである。ヤンキー達から一通り事情聴取をしたAさんは当初、彼らがお酒や薬物をやっているのではないかと疑ったそうだ。ところが、念入りに検査をしてみても誰からも何も反応が出てこない。

 彼らに何度も事情聴取をして話を整理して、事故を起こした車も大掛かりなレッカー移動をして、とあれこれ作業をしていると、Aさんは急にどこからか視線を感じた。何だろうと周囲を見回すと、建物の中からこちらを見ている男がいる。

 Aさんはてっきり彼らの仲間がまだ中に残っているのだと思い、ヤンキー達にお前ら何人で来たんだ?と聞くと、ここにいるので全員だという。

 あれ?じゃあ、中にいるあいつは誰だ?

 必死に目を凝らしてよく見ると、そこには運転手瓜二つの男がそこに立っていたそうだ。

 ええっ!?

 Aさんは自分が見たものがにわかには信じられなかったそうなのだが、それはそれとして廃病院の中にまだ誰か残っているとなると、これは放っては置けない。
 周囲には「人影が見えた、まだ中に誰か居るかもしれない」とだけ伝え、全員で廃病院の中を捜索することになった。


 Aさんが謎の人物を目撃した場所を真っ先に探すことになったのだが、そこには誰も居ないどころか、そもそも埃が堆積していて、人が立っていた痕跡すら残っていない。
 他の場所も徹底的に探してみたものの、結局誰一人見つからず、おかしいなと首を捻りながらヤンキー達の元に戻った。

「おかしいなぁ…俺も疲れてんのかな…」
「オレじゃないですか?」

 近くにいた運転手が、Aさんに向かって言った。


 結局、再度の検査でも薬物やアルコールは検出されず、不法侵入に関してだけこってり絞ってヤンキー達を一旦家に帰すことになったそうなのだが。Aさんは運転手から最後に言われた「オレじゃないですか?」という言葉とその言い方が、とにかく気持ち悪くてずっと頭にこびりついていたそうだ。




出典
禍話インフィニティ 第六夜(後半一時間はQ同時視聴企画) 38:22~

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