【禍話リライト】パジャマの花子さん

 「正直に言うと、自分でもこの話が怖い話なのかどうか、ちょっと判別がつかないんですが…」

 そう前置きして、Hさんという人が、Bさんから聞き取ったという話を教えてくれた。


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 関東地方の中学校で起きた話だそうだ。
 某インスタントカメラの「写○ンです」が旅のお供だった頃というから、30年から40年ほど前の事だろうか。


 当時B君の居たクラスにAさんという女の子がいて、Aさんはクラスの女子グループから苛めを受けていたという。
 PTAだか何かしらの、教育関係の偉い人を親に持つ子をリーダーとしたグループから、何かにつけてからかわれ続けていたのだそうだ。

 ある時、この学校に花子さんが出るという、当時としてはありがちな怖い噂話が学校中に広まった。
 旧校舎の三階の女子トイレに出てきて何かされるという、これまたお決まりの内容だったそうなのだが、一点だけ、この学校の花子さんの話は他の学校とは異なる点があった。
 この学校に出てくる花子さんは、私服を着ているのだそうだ。より具体的には、何故かパジャマを着ているのだという。

 一点だけ普通と違うという点に、逆にリアルさを感じていた生徒も何人かは居たそうなのだが、結局のところ誰も花子さんを見たという人は居らず。
 やぱり根も葉もない噂なのだろう、多くの生徒はそのように考えていた。


 夏休み前のある日の事。B君の居たクラスでクラス新聞を作る事になり、女子たちが放課後残って作業をしていた。
 そんな中、Aさんが苛めっ子グループから「今すぐ花子さんの写真を撮ってこい」と無茶な命令を受けたそうだ。
 抵抗むなしくインスタントカメラを無理やり手渡され、Aさんは旧校舎の噂のトイレの中でパシャパシャと何枚も写真を撮って来た。
 現像された写真自体は意外と雰囲気たっぷりで、何となく怖い感じこそするものの、当然ながら花子さんが写っているはずもなく。

「なんで写せないんだよ~」
「普通は撮れるよね~」

 そんな感じのからかいが始まったという。

 この話の体験者であるB君は、この日クラス新聞の作成とは無関係に友人たちと教室に残っていて、この時の苛めを目撃していたのだそうだ。

「花子さんくらい、カメラがあれば普通撮れるでしょ~?」
「ごめんなさい……」
「なんで撮って来れないのよ、本当に使えない子だね」

 言いたい放題言い捨てて苛めっ子達は全員帰り、教室の中にはAさんとB君達のグループだけが残った。

 一人泣いているAさんを見て、B君達も流石に可哀そうになり、

「まあまあ、気にしない方がいいって」
「普通そんなの撮れないって!俺ら霊能者でも何でもないんだし!」

 そうやってAさんを慰めてあげたそうだ。

「ありがとう」

 Aさんはほんの少し元気を取り戻して、その日は帰って行った。


 夏休みを経て二学期になった。

 始業式の日に、苛めっ子グループが全員揃って学校を休んだという。
 全員揃って休むとはただ事じゃないぞと、教室内でもこの話題で持ち切りだったそうだ。

「あいつらさ、夏休みの間に親の金でどこか遊園地だかに旅行行くって言ってたし、その旅行先で変なもの食って全員で寝込んでんじゃないの?」

 誰かが冗談でそんな事を言ってたのだが、次の日も、そのまた次の日も、何日経っても一人も登校してこない。
 流石に皆心配になって担任に聞いてみても、「いや…なんか全員体調が悪いらしいんだけど…」という歯切れの悪い答えが返ってくる。

 それから更に数日たって、ようやくポツポツと登校し始めたのだが、何故か全員揃って出席するという日がない。
 必ずグループの誰かが休んでおり、更に何人かは教室に一切来ず保健室登校に切り替わったという。

 一体どうしたんだろうと皆して気になっていると、昼休みにクラスメイトの一人がグループの取り巻きから理由を聞いてきたという。
 ただ、聞いてきた内容があまりにも変な話らしく、放課後まで待ってくれというので、素直に待つ事にした。

「それで何があったんだよ、やっぱり変なもの食ったのか?」
「なんかずっとマスクしてるし、変な化粧品を試して顔が被れたとかじゃないかな?」

「いや、そういうのじゃなくて…

 前に話してた通り、夏休みの間に皆でどこか旅行に行ったのは間違いないらしいんだよ。詳しくは聞けなかったけど、ディズニーランドだとか、そういうとこに行ったらしい。
 そこでパシャパシャと写真いっぱい撮ったら、その写真の殆どになんか変なものが写ってたんだって」
「変なもの?」
「遊園地だから当然昼間に行ったらしいんだけど、明るい時間帯に撮ったはずの写真に、パジャマ着た変な奴が写ってたって」

 このクラスメイトは例の日は学校に残っておらず、だからこそ半分能天気にこの話を聞いて披露していたそうなのだが、聞かされているB君達はすぐにあの日の記憶と結びついた。

「お前、それマジで言ってんの!?」
「いや、勿論俺が勝手に言ってる訳じゃなくて、あいつらがそう言ってるんだよ?
 それでなんだっけ…そうそう、『ヤバい…写真に写り込む…』ってずっと言ってるんだって」

 そこまで聞いて、B君はピンときたらしい。

(そう言えばあいつら、あの日『花子さんくらい、カメラがあれば誰でも撮れる』って、「トイレで」と主語を付けずに言いまくってたな!?そういう事か……いやでも流石にそんな事ってあるのか…?)



 その日以降も苛めっ子達が休む日は続いた。
 結果としてAさんは誰からも苛められなくなり、他のクラスメイトとの交流も増えていったそうだ。
 話してみると意外とAさんは明るい子だったそうで、何となくAさんの二学期デビューのような形になったのだという。

 明るく活発になっていくAさんとは対照的に、苛めグループのリーダー格の子はどんどん暗く、やせ細っていった。
 学校に来ても一言もしゃべらず、体育の授業も欠席がちで、給食もあまり食べない。
 とは言え、Aさんからの苛め返しのような事も起きず、完全にAさんやクラスの大多数との交流が無くなったという。


 やがて、秋の文化祭の時期になり、適当な展示をクラスで行う事になり、その前日に起きた出来事だという。

「卒業アルバムにこの文化祭の様子も使う事になるから、誰か文化祭の間写真撮影をしてくれないか?」

 担任の先生がそういうと、思わずクラスがざわついたそうだ。
 その頃には、花子さんの写真の話はクラスの大多数が聞き及んでおり、(先生もしかして何も知らないの?)などとひそひそ話も起きていたという。


「はい」

 ざわつくクラスの中で、Aさんが元気よく真っ直ぐに手を挙げた。

「あたしがカメラ撮影をやります」


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「体験者のB君がすんなり話してくれたのは、ここまででした。そこから後に起きた事は、どうしても言いたくないんだそうです」

 それでもなおHさんが食い下がると、B君から次の二つの出来事だけ聞き出すことに成功した。

 一つは、卒業アルバムにこの文化祭の写真は一枚も使われていないという事。
 そしてもう一つ。この手の学校行事でよくあるように、行事期間中に撮影した写真を掲示して、焼き増し希望者を募るというのが、この学校でも恒例だった。その掲示された文化祭の写真が、Aさんが撮影した枚数に対して、極端なほど少なかったのだという。



出典
シン・禍話 第四夜 45:10~


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