【禍話リライト】ドレスが来た話
2010年ごろの話。
Aさんの勤めている会社の先輩が、夏のある日に体調を崩して会社に来なくなってしまった。ちょうど仕事の繁忙期に重なっていたのだが、先輩がかなり優秀な社員だった事、そして何より、会社が非常にホワイトな職場だったという事もあり、これまでの有給を全て消化するという形で、先輩はしばらく病欠する事になった。
そして、そのまま一か月が過ぎた。
先輩はよほど大変な病気だったらしく、まだ休んでるけど大丈夫なのかな…とAさん達が心配していると、ようやく先輩が会社に復帰してきた。
ところが、復帰してきた先輩は顔が常にげっそりとしており、まだ若いのに髪には白いものがちらほらと混ざっているのが見える。体つきもやせ細っていて、食事も今までどちらかと言うと肉メインの料理を食べていたのが、サラダばかりを食べている。
ただ、見た目はそんな酷い有様とは言え、仕事は前と同じくらい出来ており、仕事の付き合いのお酒も、前ほどの酒豪っぷりはないものの嗜む程度なら付き合ってくれる。そんな姿を見て、会社の同僚はみなどこか安堵していた。
それから一年後。
先輩の若白髪はまだ残っており、相変わらず体つきもほっそりとしている。恐らくAさん達が見ていない範囲ではあまり食べていないのだろうと見て取れて、一時は安堵していたAさん達もまた不安になってきていた。
そんなある夏の日の事、Aさん達が先輩の家に招かれることになった。
先輩の住むマンションは非常に広く、十人ほどで押しかけてもまだ余裕があるという程だったそうだ。
「そう言えば、先輩が復帰してちょうど一年くらいですよね」
「ああそうだね、ごめんね忙しい時に急に休んじゃって。なんか、医者に行ってもぜんぜん原因がわかんなくて、本当に皆に迷惑かけちゃったよ」
「いやいや、こうして元気にしているだけで十分ですよ」
そのまま雑談をしていると、丁度ついていたテレビでお笑い芸人が怖い話をするという番組があり、それを見た流れでAさん達の間でも怖い話大会が始まった。と言っても、皆そんなに怖い話のストックがあるわけもなく、どこかで聞いたような軽めの怖い話を次々に披露していった。
そうした中で、Aさんの目にT君の素振りが目に留まった。
T君は、先ほどから何か話したいネタがあるけど話していいのか分からない、そんな微妙なリアクションをしていたため、気になったAさんがT君に話を促した。
「なんだよお前、何か話したい事でもあるんじゃないのか?」
「いやあ、これ話していいんすかねー…どうかなー…」
「何だよ煮え切らないな。いいよ話してみろよ!」
「そこまで言うなら…じゃあ…」
「俺ね、一度ネットの掲示板で適当に検索して、この辺の地域に心霊スポットないかなって探したんすよ。そしたら、『幽霊が絶対に出る廃墟』ってのを見つけて…」
正確には廃墟ではなく、雑木林の中に建っている二階建ての一軒家だったらしい。その家に行くと女の幽霊が出るという話だったそうだ。
「本当かなーって思って、そこに行ってみたんです」
「どの辺なの?」
「○○○○の辺りです」
「ああ、結構山の方なんだね。あの辺ってすごい緑が多くて、人もあまり住んでないでしょ」
「そうなんすよ。そこに行ってみたんです」
「あれ?そう言えばお前、車持ってないじゃん。そんな遠い所までどうやって行ったの?」
「そこはちょっと知り合いの先輩に車出してもらって…」
「ああ、誰かに連れてって貰ったんだ?」
「はい…それで、ちょうど夜に着いて、それでも林の中の家が遠めにも分かったんで、『ほら、あそこですよ』『あそこか』って家の方に行ったら、なんかヒラヒラしたものが舞ってたんです」
当初、T君と先輩はそれがビニール袋のかたまりだと思ったという。あれは何だろうと、近づいてみたら何もない。
『さっきまでヒラヒラしたものが舞ってたよね?』
『舞ってましたね』
『うーん…あのさ、最初はビニール袋に見えたんだけど、よくよく考えたら、何となくビニール袋っぽくなかったような…』
『そうですね…どちらかと言うと、日除けの白いカーテンかな?いやなんか違う気がするな…』
二人でそんな事を言いあっている内に、同時に頭に思い浮かんだ。
『ドレス?』『ウエディングドレス?』
声に出した瞬間、これまた二人同時に『『怖っ!』』と声が出た。
『怖いな…』
『どうします、行くのやめます?』
『いや、一応行ってみよう』
恐怖を押し戻して家の中に入った。
一階部分はかなり荒らされており、窓という窓は破れ、壁にも大きな穴が開いていた。
『入口から家の奥の方まで見えちゃうねえ』
そう口に出した瞬間、家の一番奥を白いものがスッと横切った。二人には、それが完全にドレスにしか見えなかったそうだ。
『『うわぁ』』
『えっ、本当に!?』
『いや、これは違うでしょ。頭おかしい人とか愉快犯ですよ。こんなはっきり見えないですよ、俺ら霊感とかそう言うのないのに』
そう言って、T君達は家の中を進み、先ほどの白いドレスが通った辺りを探した。しかし、人の居た痕跡は見つからない。どころか、その辺に物が散乱していて、T君たちが歩き回るとガチャガチャと大きな音がする事に気が付いてしまった。
『さっきは音…、しなかったですよね…。これ、どうします?これだけでもお腹いっぱいですけど』
『一応、二階も観てみるか』
幸い階段は腐っておらず、懐中電灯の灯りを頼りに慎重に登っていると、階段の中ほどで急に先輩が立ち止まった。
『ちょっと!急に止まんないでくださいよ!』
『いやいや、ちょっと、ほら…』
先輩が慌てた様子で階段の先を指すので、T君もその時になって初めて上を見た。
先輩が指さす先、階段を上り切った先に、ドレスを着た人が後姿で立っていた。
「それがですね、何というか、人が入っていたら膨らんでいなきゃいけない部分が膨らんでなかったんですよ、ところどころ。後ろ頭は見えるし、ドレスから出てる手も見えるんです。だけど、ちょっとシルエットが足りてないというか、これだと人が立てないよね?って感じのシルエットで…
『そいつ』はそのままクルッと回ってこっちに振り返りそうだったんで、『うわぁ』って階段降りて走って逃げちゃったんです…」
「えっ……一緒に行った先輩はどうしたの?」
「見捨てました…置いて逃げました…」
「おい!T君それは酷いよ!」
「それで、その後先輩はどうなったんだ?」
「いやぁ…覚えてないみたいで、俺の事も責めないんですよ……
そうですよね、先輩!?」
T君から急に話しかけられて、部屋の主は「へ?俺?」とキョトンとしている。
「ほら!!ほら覚えてない!!
…俺どうしようって思って…熱とか出ててどうしようって思って…全然俺を責めるメールとか来ないし…何なら『病気でしばらく休むけどごめんね』ってメールくらいだし…完全に覚えてないんすよ…
俺見捨てて逃げちゃったんですよ、あんたを!だからずっと言いたかったんです。追いつかれたんでしょ、アレに!?」
Aさん達は予想外の展開に全く口を挟むことが出来なくなった。
「ねえ!アレに追いつかれたんでしょ!?アレが階段降りてくる時にさあ、なんか声上げてたでしょ!?いや言葉にはなってない声だったですけど、なんか女性の嬉しそうな感じだなって俺思ったんですよ。
でもしょうがない、そのまま逃げて、タクシー捕まえて帰っちゃったんです。あれからずっと気になってたんですけど、今日ここで良い機会になったから、思い切って言っちゃうんですけど、あいつとどうなったんですか!?」
「え?そうなの?それ俺?」
「いやいやそうですよ!あの声が嬉しそうな声だったって事は、あの女の思ってる人と先輩似てたんですかね!?」
「それ以上は、止めろよお前!」
そこまで来てようやくAさん達は割って入ることが出来た。
「えっと、先輩は本当に覚えてないんですよね?」
「ほら、お前の記憶違いとか間違いなんだよ!」
当の先輩は相変わらずキョトンとしている。
「ええ?全然覚えてない、ごめんそんな事あったっけ?一年前?…そういや俺何で病気になったんだっけ。ちょっと待ってて…ちゃんとね、病気は確か診断出たはずだから。えっとどこに仕舞ったっけ…」
先輩が立ち上がって奥の和室のドアを開けた。その時になって初めて、Aさんは今の今まで先輩が一度も奥の部屋を開けなかった事に気が付いた。
「たしかこっちにカルテがあったはず…」
病院から貰ったカルテをそんな和室の奥に置くものなのか?と疑問に思う間もなく、開いた和室の中から、田舎のお婆さん家のタンスの臭いのような、変な臭いが漂ってきた。
「何かねえ、難しい病名だったんだよね。なかなかかからない病気らしくてさ」
「いや、もういいです!病気の事はもういいですから!」
「ああ、あったあった!」
そうやって戻ってきた先輩の肩に、誰かの手が載っていた。
全員先輩の部屋から逃げ出した。よりにもよってT君がその先頭に立って逃げていたそうだ。
「おおい!病名がわかったんだけど!まあいいか病名なんて」
遠くで先輩が叫ぶのを聞きながら、T君も
「やっぱり駄目だ!やっぱりそうだ、捕まったままなんだ、捕まったままなんだ!」
とずっと呟いていた。
あれから10年以上経った現在。
先輩もあの部屋に行った全員も、今でも同じ会社で働いているそうだ。
特に、T君は仕事ができる職場のエースになって、皆から頼られる存在なのだという。
出典
シン・禍話 第二十五夜 52:44~
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