【禍話リライト】運ぶ音の記録

 Aさんは大学生の頃、ディスカウントショップでアルバイトをしていた。業務としては倉庫内の整理・棚卸が主なのだが、その店は飲食店からの注文が非常に多く、中々に忙しかったらしい。そのためバイトの人数もかなり多く、シフトも完全な固定制だったため、一部のバイト以外とはほとんど面識がなかった。

 ある時。

 バイトから帰宅して一息ついていると、上着の胸ポケットにボイスレコーダーが入っていることに気付いた。Aさんは自宅での勉強用に、大学の講義内容をボイスレコーダーに録音することが度々あった。その日の講義は録音する予定はなかったのだが、どうも無意識の習慣からボイスレコーダーを持ち歩いていたらしい。

 確認すると、何かが録音されている。丁度バイトで上着をロッカーに預けていた時刻である。とすると、ボイスレコーダーに気付いた誰かが、いたずらか冗談で録音したのか?あるいは、ロッカーに預ける前に何らかのスイッチが入ってしまい、そのままバイト時間中ずっと録音されていたのか?

 どちらにしても、録音時間が15分という中途半端な長さなのが引っかかる。変だなーと首をひねってる所に、タイミングよくAさんの彼女が訪ねてきた。

 Aさんはちょうどいいとばかりに彼女に事情を説明し、一緒に録音内容を聞いてくれるように頼んだ。「やだ怖い」と言いながらも同意してくれたので、少し音量を大きめにして二人並んで聴いてみることにした。


 ガン、ガン、ゴン、ゴン、ガン、ガン、ゴン、ゴン……


 引っ越しの最中に、冷蔵庫のような何か大きなものを運んでいて、階段の途中でどうでも良くなってあちこちぶつけている音。

 Aさんはこの時聞こえた音をそういう風に表現した。


 ガン、ガン、ゴン、ゴン……という定期的な音に混じって、「あー…」「うー…」という男性二人分の疲れたような溜息のような声も聞こえる。

「これ、何か重い物を、あちこちぶつけながら運んでる?しかも階段を上ってるか下りてる?」
「確かにそんな感じがする」
「あんたのバイト先ってこんな感じなの?」
「いやいや、そんな事ないよ!ちゃんと台車あるし!でもバイト先の音じゃなかったら何の音だろう?」

 二人で内容について言い合っている間にも、録音の再生は続く。

 たまに踊り場で休憩している感じの音を挟みつつ、ガンゴンという音と二人の男の声がだけがずっと流れている。三分ほど聞き続けていたからか、二人とも気分が悪くなってきた。

「いやいや長すぎるでしょ。普通はもっと早くにゴールに着くでしょ。これ下手したら階段を何度も上り下りしてる可能性あるよ」

 もう少し聞き続けてみると、「あー…」「うー…」以外の声も聞こえだしてきた。

『あー痛い痛い!』
『危ない危ない!』
『欠ける欠ける!』

「欠けるって何!?ダメな引っ越し業者とかダメな運搬業者みたい。なんでこんな音録音してるの…」

 堪らずツッコミを入れ続ける彼女の傍らで、Aさんは何となく嫌な予感を覚えていた。

 さらに聞き続けると、二人の声の内容が少しはっきりと聞こえるようになってきた。話し方からすると、二人は先輩後輩の関係のようだ。

『あのーこれ大丈夫ですかね?』
『大丈夫大丈夫、終わっちゃえばそれでいい事だから』
『そうっすかー?』

 ガン、ゴンという音もだんだんと大きく、ガリガリガリ、ゴリゴリゴリ、という擦れる音まで混じってきてきている。

「これ長さからすると10階以上の高さまで階段で運んでる?それか5階までの階段を上って降りてしてる?どっちにしてもおかしい」

 レコーダの二人の会話は、とうとう変な事を言い始めた。

『あのーちょっとさっきから…これ…さっきから…』
『さっきからさっきからって何だよ』
『さっきから…これ…首が変な方向に曲がってるけどいいんですか?』

「ちょっと止めて」

 彼女が言うのとほぼ同時にAさんも停止ボタンを押していた。

「今、『首が変な方向に曲がってる』って言った?」
「言った」
「私すごく嫌なんだけど」
「…もう少し聞いてみよう」

 録音を再生する。

『いいんですかね?このー、はみ出てる首が、変な方向に曲がってますけど』

「やっぱり一旦止めて」

 今度はAさんの停止ボタンを押す手が遅れ、もう少し先の会話まで聞こえてしまった。

『それは気にしなくていい事だから』
『気にしなくていいんすか』
『気にしなくていい事だから。とにかく終わらせればいい事だから』

 そこまで聞こえた所で、ようやくAさんは停止ボタンを押した。

「私これ良くないと思うんだよ。消そう?」
「うん……消して」

 彼女が録音を消す。

「それにしても気持ち悪かったね。わざわざ15分もこんな悪戯を録音してるのも変だけど、最後の方に変な会話入れるのも変だよ。最初の方で何これって消される可能性もしれないのに」

 そんな感想を漏らしている側で、Aさんのテンションが見るからに下がっている。

「何あんた急にテンション下がっちゃって。どうしたの?」
「『気にしなくていい事だから』って言ってた方の人居たでしょ。あの声、俺と交代でバイトに入ってるBさんって人とすごく似てるんだよね…」
「……マジで?」

「いや、俺その人と一緒に作業したことはないんだけど、更衣室とかではよく一緒になって。『~すればいい事だから』って口癖とか声質が本当にそっくりで…その人確か近所に住んでて…」
「あーこの話やめやめ!気持ち悪い!」
「近所のマンションに住んでて…」
「それ以上いいから!」
「確かそのマンション…10階以上あって…」
「もういいから、気にしないでいよう!」


 二日後、録音を聞いてから最初のバイトの日。嫌だなーと思いながらAさんがバイトに赴くと、バイト先が何かざわついている。

「どうしたんですか」
「いやーBさんが急に辞めちゃってね」
「しかもその辞め方が変なんだよね。今日の営業開始前に、業務用のポストにぐっちゃぐちゃに丸められたチラシが入ってて、何だろうと広げてみたらあの人の名前と辞めますって書かれてて」
「いや普通は手紙で出すでしょ、せめてチラシの裏はないでしょ。しかもぐっちゃぐちゃに丸めたチラシって…。あの人、頭おかしくなっちゃってたのかな、そうは見えなかったんだけどな」

 例の録音の事はバイト先の人には誰にも話していない。Aさんは内心で(ええー…)と思いながら話を聞いていた。

「ああそうそう、これ、多分頭が変になっちゃった人の言い分だと思うから気にしなくていいんだけど。

『辞める理由については、A君が良く知ってるはずだから彼に聞いてください。絶対に知っています』

って書いてあるんだけど、知らないよね」
知らないです!知らないです!

 Aさんは全力で頭を振って食い気味に否定した。

「そうだよねえ?君とはすれ違う程度の間柄だったみたいだし、何で君が絶対に知ってるって書いたんだろうね?」
「やっぱり頭がおかしくなっちゃったんじゃない?」

 そんな話をバイト先の人がしている間も、Aさんはガタガタと震えていたそうだ。




出典
シン・禍話 第一夜 42:28~


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