【禍話リライト】家のふり

 Kさんから聞いた、とある廃墟の話。




家のふり

 その廃墟は、人の入らない獣道を草をかき分けて進んだ先にポンと建っているのだという。
 それにしては建物の周囲に車道はおろか歩道すらなく、「なんだろうこの家は、家のふりをした何かなのではないか?」などと、周囲のオカルトマニアから冗談交じりで言われていた。
 Kさんはその廃墟の話に興味を惹かれ、早速乗り込んでみたそうだ。


 実際に赴いてみると、聞いていた通り二階建ての古びた家で、確かにこのような普通の家が周囲に何もない場所にポツンと建っているというのは、かなり違和感が強い。
 家の表札はと言うと、土台こそ残されていたものの表面は乱雑に削り取られており、ここまで読めないようにするならいっそ取り去ってしまえばいいのに、とKさんは思ったそうだ。

 そんな表札に少しビビりながらも建物の中に入ってみると、内部は埃こそうず高く積もっているものの、掃除をすればすぐにも使えそうなほど綺麗だった。
 玄関にはマットが敷かれ、家具も普通に残っている。しかも、家具類は一度も使われていないのでは?と思う程、傷みが見られなかったという。
 台所には冷蔵庫が残されていたのだが、購入してこの場所に配置してから一度もコンセントを差していないように見えたそうだ。

 これはもしかして、何らかの理由で特定の方角特定の位置に、家のようなものを建てて何かを行う呪術のようなものではないか?

 そのような突飛な推測が思い浮かんだせいか、一度はこのまま退散しようかとは考えたそうなのだが。
 まだ日も高かった事、一階だけしか見ていないのを勿体なく感じた事から、ざっと二階を軽く見てからそれで帰ろうと、階段を上がった。


 Kさんがちょうど階段を登り切った先に、一枚の紙が置かれていた。
 そこには、ペン字でも習っていたのかと思う程に流麗な字で、

この家に来た方へ
奥の部屋だけは
見ないように

土足で家に踏み込まれても
大変な事は起きませんが
二階の奥の部屋だけは
ご覧にならない方がよろしいかと

 そのような事が書かれていたそうだ。

 周囲と比べて紙の上に埃が積もっていない事から、最近誰かがこの紙を置いていっているのは間違いない。
 文面や紙の異常な様子に、流石のKさんも気持ち悪くなってきた。

 忠告通りすぐには二階に足を踏み入れず、二階を見渡してみると、奥の一部屋だけ襖が閉まっている。
 あの部屋が見るなと言っている部屋か。
 そう考えたKさんは、その部屋以外は見ても大丈夫だよねと、軽く見て回ることにした。

 最初に入った部屋は恐らく子供部屋で、勉強机が置かれていた。この机も、一階の他の家具と同じく一度も使われた形跡がない。
 試しに引き出しを一つ開けてみると、一ダースほどの鉛筆が、一度も研がれていない状態で仕舞われていた。
 やっぱり気持ち悪いな、と子供部屋以外の部屋も一通り見て回ったKさんは、忠告通り奥の部屋は見ずに早々に家から退散した。


 とは言え。
 家の外に出ると、見るなと言われた二階の奥の部屋の事が、やはりどうしても気になってきたらしい。
 外から部屋を眺める分には大丈夫だろう。そういう自分なりの(勝手な)理屈を付けて、最後に家の外から二階の部屋を見上げたそうだ。

 外から見た奥の部屋の中には、何か白い布のようなものが大量にぶら下がっていたという。
 Kさんはその色と形状から、マスクが大量にぶら下げられていると思ったそうだ。
 まさか部屋にそのようなものがぶら下がっているとは思っていなかったKさんは、気持ち悪っ!とそのままその廃墟を後にしたという。


家のふり・御札

 あの謎の廃墟について、Kさんが周囲にあれこれと聞いて回った所、知人二人から反応が返ってきた。
 互いに「何か知ってるの?」と言っていたので、まずは片方の話を聞くことにした。

*********

 怪しげな警告を目にしたとしても、それでもどうしても警告の先に行ってしまう人がこの世には居る。
 最初の子は、そう言った奥の部屋まで行った人の話を耳にしたことがあるのだと言う。

*********

 この廃墟に集団で言った人たちの話。

 この集団は、Kさんと同様一階を見て回り、二階に登って全員で紙の警告を目にしたそうだ。
 大多数はその時点で怖気づいたそうなのだが、一人率先して奥の部屋を見たいと言い出した奴が居た。
 その彼に押し切られて、いざ奥の部屋の前に立ってみると、入口の襖に御札が貼ってある事に気が付いた。それも、襖を封じるような形で貼られている。
 それを見てこれは流石にやめておいた方が良さそうだと、そのまま全員引き返したそうなのだが、奥を見たいと言ったひとりだけが名残惜しそうにしていたらしい。


 それから数日後、二階の奥の部屋へ率先して行った、帰り際も不満げだった奴の様子が、どうもおかしいのだという。
 夜中に叫んだり、二階の自室を歩き回ったり、足を踏み鳴らしたり、窓を開けて隣の庭に向かって「俺は分かってるんだぞ!!」と叫ぶ。
 家族がこれはヤバいのでは、と色々検査をしてもドラッグ・アルコールの類は出てこず、精神的な検査をしても正常という結果が出る。

 そんな話を彼の家族から相談され、あの家に向かったメンバー全員で改めてそいつの家に行ってみたそうだ。

「お前ちょっと大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」

 大丈夫と言う割には、ここ数日あまり眠れていない事がはたから見ても分かる程憔悴している。

「なんかお前調子悪いみたいじゃん。ほらあの家に行ってからおかしいみたいだし、お前が率先して行くなって書かれてた奥の部屋に行こうとしてただろ。だから、何か良くない事が起きたんじゃないかって」
「いやいや、俺には良くない事起きないよ?どっちかと言うとお前らの方に起きるんじゃない?ははははは」
「えっ、どういう事?」
「俺は大丈夫だと思うんだよ。ホラ、あの御札持ってるし」
「ええ!?」

 当日は彼が最後尾にいたため、他の面々は全く気付かなかったらしいのだが。どうやら、奥の部屋に貼ってあった御札を、帰り際に剥いで持って帰ったという事らしい。

「何で何で!?」
「いやだって、なんかあったら怖いから。この御札が俺を守ってくれるって思って」

 真面目にそう答える彼を見て、全員がこいつおかしくなっている…と確信したそうだ。
 一応御札を取り上げようとはしたらしいのだが、「この御札を持ってると俺は助かるんだ!!!」と手放そうとしなかったため、

「変な事言いますけど、神頼みとか、そういう事やられた方がいいと思います……」

 彼の家族にそう言い残して退散したという。

*********

「だからねKちゃん。奥に行かなくて正解だったよ」

 そのような話を聞かされては、Kさんも「ほぉー……」という感想しか出てこなかったそうだ。


家のふり・下がっていたもの

 Kさんは、残るもう一人にも話を聞いてみた。


*********


「Kちゃんさ、最後に外から部屋を見上げたらしいけど、何か見たんでしょ?」
「ああ、マスクが大量にぶら下がってたんだよね」
「それね、マスクじゃないんだよ」
「違うの?」
「こういう時期だから、Kちゃんはマスクの方を思い浮かべたんだろうけど……
 あれね、眼帯なの」

 あれ、これはちょっと怖いな?

「眼帯……」
「眼帯なんだよ。いや、何でそれが分かるかって言うとねぇ…」

*********

「私の場合は、会社の先輩の話になるんだけど。

 その人たちね、多分、夜に行ったんだと思う。
 Kちゃんや、さっきの話に出てきた人たちは明るかったから気付いたんだろうけど、暗くて警告文見逃したんじゃないかな。

 そのせいで奥の部屋まで行って、その人たちの時も襖に御札が貼ってあったかどうかまでは知らないよ?
 バーンと襖を開けて中を見たら、白いものがいっぱいぶら下がってて。
 先輩も、最初はマスクがぶら下がってるのかな?って思ったみたいなんだけど。
 一緒に行った人がふざけて付けてみたら、マスクにしては小さくて……
 それで眼帯だって気付いたんだって」

 あー、付けちゃったんだ……それは、やっちゃったね……

「うん……
 まあ、眼帯が大量に干してあって、しかもその理由も何も分からないんだから。これは流石に気持ち悪いよねって、襖を閉じて帰る事になったんだって。

 それで、この時最後尾にいた人なんだけど、この人が無理やり連れてこられたらしくて。いやだなー来たくなかったなーって、そう思ってたら、なんか後ろが気持ち悪く感じて、一体何だろうと振り返ったら。

 さっき確実に閉めたはずの襖が完全に開いてたって。
 でも、その事が誰にも言えなくて、そのまま黙ってたみたい。

 それで、帰り道の車の中で、運転してた人って言うのが眼帯付けた張本人らしいんだけど。

『なんであんなに眼帯吊るしてたんだろうね』
『カルト宗教とかそう言うのじゃない?』
『うわーこえー』

 まあ、一番怖かったのは最後に襖開いてたのを見ちゃった人なわけで…
 後部座席で(やだなーやだなー)って思ってたみたい。

 そしたらね。当の本人も何で?って不思議だったらしいんだけど。
 普通に座席に座っていればいいのに、膝を抱えて頭を守るような姿勢を、気が付いたら取ってたんだって。

 あれ、何で自分はこんな変な体勢取ってるんだ?って途中で気が付いて。周囲の人からも、

『飛行機が墜落しますって時じゃないんだから!何してんだよ!』

そんな風に茶化されてたら、急に運転手の人が、

『あっれ~?』

 妙に間抜けな声をあげて、次の瞬間急にハンドルを切ってガードレールにバーンとぶつかって事故にあったらしいよ。

 ちょうど変な体勢取ってた人だけが、完全に無傷ではなかったらしいんだけど、軽い打ち身で済んだけど。先輩含めた他の人は全員洒落にならない怪我したらしくて…」


「なるほどねえ、それは気持ち悪い話だね…」
「いや、話はここで終わりじゃないんだよ」
「終わりじゃないの!?」


「警察がやって来て、当然何で自損事故なんかやったんだ?って話になるよね。

『急にバランス感覚がおかしくなった』

 運転手はそう言ったらしいんだよ。
 だから多分、片目塞がれたんだと思う。

 警察は当然何言ってるんだ!?ってなるんだけど、他の人たちは、まあ何となく察したらしくて……


 一応ね、酷い怪我と言っても、一生松葉杖みたいな事にはならなかったみたい。
 ある程度回復して、快気祝いじゃないけど、皆で気分転換にドライブがてら、郊外にある楽市楽座に遊びに行こうよってなったそうなんだけど。

 あの日運転してた人も、その後言動がおかしくなったみたいなことはなかったみたい。あいつも誘おうかって、お家に迎えに行ったんだって。

 それでね、その人一人暮らしだったらしいんだけど。自損事故起こしたから当然免許停止になっちゃってて、車だけ車庫に停められた状態で。
 それ見て、あいつ可哀そうだな、車運転するの好きだったのにな。皆でそんな話をしながら車を見たら……

 その場で現地解散することになっちゃったって。


 車にね、最初はてるてる坊主か何かぶら下がってるのかな、そう思ったらしいんだけど。
 近づいたら、真っ白い眼帯が、運転席助手席後部座席バックミラー、車の至る所にぶら下がってたんだって。

 それ以来、その運転手の人とはもう会ってないみたいだよ」


*********


 この話を聞いたKさんは、改めて奥の部屋行かなくて良かったと思ったそうだ。




出典
元祖!禍話 第八夜 (一時間以降は雑談です) 58:17~

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