【禍話リライト】下がっている鏡

 東京の話だそうだ。


 ある公園の男子トイレの個室に、鏡がぶら下がっている事があるという。
 時刻は夜、それも比較的早い夜8時かそのくらいの時間帯。
 適当な紐を鏡に付けて、壁に打ち付けた釘で簡易にぶら下げられている。
 手洗い場には鏡がちゃんと据え付けてあるため、その代わりに取り付けたという風でもない。
 下がっている鏡の種類も多様で、大きいものも手鏡サイズのものもあるのだそうだ。

 この鏡は、ぶら下げられてから2日ぐらい経ったぐらいに、いつの間にか撤去されるそうだ。
 鏡に気付いた管理者がやっているのか、はたまた設置した何者かが外しているのか。
 誰にも分からないらしい。

 そして、この鏡が下がっている時が、本当に良くないのだという。

 丁度用を足そうとかがんだ顔の高さの位置に来るように、高さを調整して鏡が設置されているらしく。
 誰もがその鏡から眼を逸らして、トイレを済ませるのだそうだ。


 ある時。一人の大学生がこのトイレを使用した。

 時刻は夜11時頃の事。
 トイレに入ってすぐに、ぶら下げられた鏡が目についた。

 実物を目にしたのはこの時が初めてで、あの噂は本当だったのか…などと内心で独り言ちていた。
 それはそれとして用を足そうとかがむと、噂通り自分の顔の正面に来る位置に、鏡がぶら下げられている。
 流石に真正面から見るのは気持ちが悪く、鏡から眼を逸らして、できる限り手元のスマホを眺めていた。

 ふと、鏡に映った何かが視界の端にちらついた。

 自分は顔を伏せているのだから、映るとしても自分の頭頂部くらいなはずなのだが。
 顔をあげると、鏡に、自分ではない男の人の顔が映っている。

 その鏡の中の男は、右目の下に指を当てて何かをじっと調べている。
 まるで、目にゴミが入ったのを鏡で調べて必死で取ろうとしているようだった。
 ニヤリと笑いかけられたり、わぁ!と脅かされたりするよりも、この状況で目の前で普通の行動をされる方がよっぽど怖い。

 恐怖のあまり、うわぁ、何だこれ!と叫んだ、次の瞬間。
 鏡の前で、鏡の中の男と全く同じ動きを、自分もしている事に気が付いた。

 無意識に自分の取っていた行動が信じられず、パニックになって大慌てでトイレから逃げ出したという。




出典
シン・禍話 第三十六夜 11:43~

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