不妊治療の沼
2回目の胚盤胞移植をし妊娠判定日当日の朝、私は家にあった市販の妊娠検査薬で検査をしておこうと決めていた。前回の様に病院で泣きそうになるのは御免だ。
市販薬の結果は陰性。
やっぱり、ね。
しかし結果を見ても涙は出てこなかった。
これが最後の移植だったというのに、前回の様に大泣きもせず、「まだちゃんと病院で血液検査した訳じゃない!まだ陰性と決まった訳じゃない!」なんて前向きな想いもなく、「不妊治療生活が終わった」という実感もまだ湧いていない状態だった。
今思えば前回があったから、こんなに落ち着いていられるのかもしれない。胚盤胞移植までしたら妊娠できるだろうという期待は前回見事に砕け散り、移植したって妊娠出来ないという免疫ができていたお陰で、今では前回の陰性は無駄じゃなかった、必要な経験だったと思っているくらい。
そして私にとっては病院での本判定の前に陰性だと分かっていることはメリットだと思った。
いざ病院へ向かうと、この日は特に夫婦で来院している新規受診者が多かった。これは私の憶測や偏見でしかないが、新規受診者はこれから子供を授かる可能性がまだあり、今の私にとっては眩しい存在でしかない。そんな明るい未来のあるご新規夫婦さん達の前で、いきなり「陰性」というドン底を突きつけられ、泣く醜態を晒すより、家で心を落ち着かせ「どうせ陰性だって分かっているし…」と気持ちに余裕を持って検査結果を待つことができたから。
当然、病院での妊娠判定も陰性。
しかし、私はこの後まるで陽性かのような気持ちになる。
とても公表できる数値ではないけど、Hcgの値が0ではなかった。今回は着床はしたのだと。
着床すら出来ず、着床の窓がズレているのではないかと悩んでいた前回より、希望を持ってしまった。今回が移植ラストだと決めていたはずなのに、この「着床はした」という結果は、私を更なる不妊治療の沼へ、ものの見事に引きずり込んでいった。
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