【肺がん・肺転移】急変時の呼吸不全にモルヒネを使う場合の4つの注意点#11
こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr.Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。
緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。
今日のテーマは「肺がん急変時の呼吸困難に対応するには」です。
動画はこちらになります。
以前「肺がんで苦しませないために」という記事を作りました。
そこでは、終末期の肺がん・肺転移の呼吸困難には、モルヒネの持続注射と間欠的鎮静が大切だという話をしました。しかし、モルヒネを使うにあたって、注意しなければいけないケースがあります。それは、急変時の呼吸困難の場合です。
例えば、低酸素血症などの呼吸不全で呼吸回数が低下している時や、意識が混濁しているような時です。このような時にモルヒネを使うかどうかはケースバイケースです。
この記事では、どのようなケースにモルヒネを使うか。使うならどのような注意をしなければいけないか。使わないケースはどんな時かをお話します。
私の知識と経験を皆様にお伝えしたいと思って、私のかつての苦い経験もお話します。ぜひ最後までご覧ください。
モルヒネで昏睡になったケース
まずは、私の苦い経験からお話します。
ホスピスで働き始めた時のことです。患者さんは60代の乳がんの女性でした。
肺・肝臓・骨に転移がありましたが、他病院で抗がん治療を続けていました。骨転移による痛みがあり、抗がん治療が終わったら、ホスピスに入院したいという希望もあり、私の外来で症状緩和をすることになりました。
何回かの通院で、疼痛緩和はできました。しかし、肺転移が悪化してきて、呼吸困難の症状が出てきました。私はモルヒネとステロイドを外来で処方し、症状緩和を行っていましたが、徐々に呼吸困難の症状は悪化していきました。
そんなある日、ご主人から電話がかかってきました。
「数日前から息が苦しそうになって、今日は全く起きられなくなった。
今は声をかけてもうなずくのがやっとです。そちらに行って良いですか?」
私は「すぐに救急車できてください。ベッドは用意しておきますから。」と返事し、緊急入院の準備をして待っていました。
しばらくして救急車が到着しました。酸素濃度は80%、呼吸回数は30回/分を切る状態の低酸素血症の状態でした。そして、彼女はとても苦しそうな表情をしていました。
私が声を掛けると何とか返事ができたので、救急車から出たところで酸素投与を開始し、彼女がそれまでも使っていて、持参していたモルヒネ速放製剤であるオプソ®10㎎を口に含ませました。すぐに楽にさせてあげたかったからです。
ところが、病棟にあがってから、彼女は目を覚まさなくなりました。呼吸回数も20回/分を切るようになりました。
「まずい、CO₂ ナルコーシスになってしまったのか。」と私は思いました。拮抗薬も使いましたが、状態は変わりませんでした。
私はご家族に病状を説明しました。「病状が悪化した状態でモルヒネを使ったことで、CO₂ナルコーシスが起きてしまい意識が低下しています。意識は戻らないと思いますが、苦しさは無いようですのでこのままで診させていただけませんか。」
すると、ご主人は顔を真っ赤にして怒り出しました。
「私は意識が戻らなくなるなんて、そんなことは聞いてないぞ。モルヒネなんかを使ったからいけなかったんだ。最低の医者だな。お前は腐ったミカンだ!」
私は何度も説明をしましたが、ご主人は納得してくれませんでした。そして患者さんは意識が戻らないまま、3日後に旅立たれました。
患者さんご本人が、最期は苦痛なく過ごしたいということを、常々ご家族にも話していて、娘さんたちがご主人を説得してくれたおかげで、結局最期は家族全員で穏やかに看取ることができました。
しかし私はとてもショックでした。でも未熟なことも自分でわかっていました。このケースで私はとても反省し、いろいろな先生に相談しました。そしてそれから学んだことを、今からお話したいと思います。
私の2つの失敗
まずこのケースで、どこが良くなかったのでしょうか?
この患者さんは肺転移が悪化して、呼吸状態が悪化した状態でした。酸素がない状態では、酸素濃度は80%を切る状態でした。そして呼吸回数も、救急車を降りた状態で30回/分程度でした。低酸素血症で呼吸不全を呈していたのです。
このような呼吸不全の状態でモルヒネを投与すると、CO₂ナルコーシスになる恐れがあるということは、知識としては知っていました。でも、それまで安全に使っていたオプソの量なら大丈夫だろうと私は思っていたのです。ここが、私の失敗の原因の1つです。
詳しくは後で説明しますが、このような呼吸不全の場合、モルヒネをどのくらいの量を投与すればよいかという基準は明確ではないので、開始するのであればごく少量から開始しなければいけなかったのです。
したがって、経口投与ではなく、持続点滴や皮下投与を用いなければいけませんでした。
そして、失敗の原因のもう1つは、ご家族にモルヒネを使う同意を得ていなかったことです。全身状態が悪いときにモルヒネを投与するときには、ご家族にしっかりと病態を説明した上で、
「苦しい状態をとるためにモルヒネを使うことができるが、意識が低下してしまい、コミュニケーションが取れなくなる恐れがある」
と説明して同意を得なければいけませんでした。
私の失敗からの教訓は次の2つです。
①呼吸不全の呼吸困難にはモルヒネは少量から持続投与で始める。
②モルヒネ投与前にご家族への説明と同意が必要。
肺がん急変時の呼吸不全にモルヒネを使うときの注意点
以上のことより、肺がん急変時において、呼吸不全を呈した患者さんにモルヒネを使う場合の注意点を、私なりに考えてみました。
1つ目は、言うまでもなく患者さんの全身状態をよく観察しておくこと。
2つ目は、モルヒネを使う前にご家族とよく話し合って、モルヒネを使用するかどうかを決めること
3つ目は、こうした呼吸不全の状態になった患者さんに対するモルヒネの使い方を知っておくこと
4つ目は、患者さんの残された時間を意識し、モルヒネを使わないことも考えること
これらのことについて、もう少し詳しく解説いたします。
モルヒネが呼吸困難に効くとき
解説の前に、モルヒネが呼吸困難の症状に効くという根拠になった論文についてお話します。その論文では、対象になった患者群は、意識が保たれていて酸素濃度も十分にあり、かつ呼吸回数も多かったのです。
呼吸回数は正常では15回/分程度ですが、この研究では平均で41回/分、1番少ない人で35回/分、また酸素濃度も平均95%でした。しかも、ベッドから動けないほどADLが低下した人は、除外されていたのです。
つまり、比較的全身状態が良くて呼吸不全が無く、呼吸が苦しいため呼吸回数が多い患者さんに、モルヒネを使うと効果が得られたということです。
逆に、呼吸状態の悪い患者さんに対するモルヒネの効果や安全性を研究した論文はまだないようです。しかし私の臨床経験では、呼吸状態の悪い患者さんでも、モルヒネは苦痛を取ることができることがあります。
したがって、呼吸不全の患者さんにモルヒネを使う際には、呼吸状態、全身状態をしっかり観察し、少量から使うことが大事なのです。
患者さんの呼吸状態が悪い時
改めて、患者さんが呼吸不全で状態が悪い時の症状緩和をどうしたらよいのか考えてみましょう。
1.観察
まずは患者さんの呼吸状態、全身状態を観察してください。呼吸不全の状態で、モルヒネを使うと、CO₂ナルコーシスになったり、呼吸抑制を起こします。
具体的には、
SaO₂が酸素投与をしても上がらない、90%を切るような状態の時。
呼吸回数が30回/分を下回っている時。
さらに、意識混濁となっているようなとき。
患者さんがこのような状態の時には、私はモルヒネをすぐには開始しません。次のような手順でモルヒネの投与を行います。
2.ご家族とのコミュニケーション
モルヒネを始めるかどうかは、まずご家族と話し合う必要があります。
「苦しみを取るために、モルヒネを使いたいと思いますが、もし今の状態で使うと意識が落ちて、コミュニケーションが取れなくなったり、さらに呼吸が徐々に弱くなり、止まる可能性もあります。そうならないように、少量から使用して安全を確かめながら行いたいと思います。いかがでしょうか。」など率直に聞いてください。
そして、ご家族の同意が得られたら、モルヒネを開始してください。
3.モルヒネの使い方
モルヒネを安全に使うためには、ごく少量から使うことが大切です。
5㎎/日未満の量から、皮下注などで持続投与を始めてください。使いはじめは、フラッシュはしてはいけません。そしてベース量を、患者さんの状態を見ながら徐々にアップしてください。
4.モルヒネを使わない場合
こうした状況では患者さんの余命は日単位なので、何が何でもモルヒネを使うことが良いわけではありません。
意識混濁が進んでおり、何もしないでも昏睡になりそうなときや、呼吸困難の症状があらわれていない時は、そのまま経過を見る方が良い場合もあります。
また、患者さんとの最期の会話を希望するご家族もいます。その場合、モルヒネの使用を控えることもあります。
このように、何が良い看取りになるのかを考え、モルヒネを使わない選択も考えてください。
最後にポイントをまとめます。
1つ目は、患者さんの全身状態をよく観察しておくこと。
2つ目は、モルヒネを使う前にご家族とよく話し合って、モルヒネを使用するかどうかを決めること。
3つ目は、こうした呼吸不全の状態になった患者さんに対するモルヒネの使い方を知っておくこと。
4つ目は、患者さんの残された時間を意識し、モルヒネを使わないことも考えること。
この4つがポイントだと思います。
患者さんの苦痛を取ることと同時に、ご家族にとって良い看取りとはどういうものかを考えられる医療者が増えてほしいと心から思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。
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