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医療的処置の多いがん患者さんが終末期に在宅に帰る時の主治医の役割とは【医】#37

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「がん終末期に在宅に帰るための主治医の役割」です。今日は治療医の先生にお話します。

動画はこちらになります。

積極的抗がん治療が終わったあなたの患者さんが今入院しています。けれどもその患者さんは、がん性腹膜炎によりイレウスになり、腹水も貯まり、がん性疼痛が出てきました。したがって、点滴による鎮痛薬の投薬や栄養の管理が必要です。

そんな医療的な処置が多く必要な患者さんが「最期は家に帰りたい」とあなたに言ってきました。あなたはそんな時、どのような判断をしますか?

家に帰るのは難しいと思う先生も多いと思います。
でも本当に難しいのでしょうか。

今日は、医療的処置が多いために在宅に帰るのが難しいと思う患者さんへの、主治医の役割についてお話します。

この記事の中で、具体例も交えて、主治医が何をすればいいのかもお話しますので、ぜひ最後までご覧ください。

今日もよろしくお願いします。


主治医のあなたは司令塔

まず私が皆さんにお伝えしたいことは、家に帰りたいと患者さんが希望すれば、すべての患者さんが家に帰れる可能性がある、ということです。

医療的な処置が多かったり、介護が難しそうだったりして、医師の目から見たら、難しいと思えるケースもあるかもしれません。でも、主治医のあなたができないとあきらめてしまうと、多くの場合在宅移行は難しくなることが多いのです。

そもそも、患者さんはどうしてそこまでして家に帰りたいと思っているのでしょうか。

想像してみてください。

残された命が数カ月だと知った人は、最期をどのように過ごしたいと思うでしょうか。

住み慣れた家で家族に囲まれて、穏やかな時間を過ごしたいと思っているかもしれません。特に最近のコロナ禍では、病院にいたのでは大切な人達にも自由に会うこともできません。

仕事を残している人もいるかもしれません。

自分に残された時間をどのように使いたいかは、人それぞれなのです。

主治医であるあなたに、帰りたいと言った患者さんは、とても切実な思いでそれを言ったのかもしれません。

そうは言っても、病院で行っている医療処置が在宅ではできないと思っている先生も多いと思います。しかし今では、病院でできることは、ほぼ在宅でもできると、多くの在宅医の先生たちは言います。

例えば冒頭の症例を例にすると、イレウスの時のように、内服できない場合は、皮下注射を取り入れることで、疼痛緩和をはじめとするがんの終末期の症状緩和は十分可能です。

イレウスの場合、消化管内圧の減圧のため、胃管挿入が必要になります。胃管を挿入したまま退院して、自宅での管理ももちろん可能です。しかし、PTEGという食道からカテーテルを胃に挿入する方法があり、退院前に病院で作っておくことで、在宅でのイレウスの管理は簡単にできます。PTEGを入れると患者さんの苦痛も減ります。また、ポートを作っておくことで、点滴も在宅で簡単にできるようになります。

そうは言っても、「そんなことをしてくれる在宅医は少ない。在宅でがんの終末期を迎えるための社会資源は地域による格差が大きいですよ。」と言われる先生もいると思います。

確かに、まだがんの患者さんに対する在宅医療が充分進んでいない地域もあるのも事実です。しかし少しずつではありますが、全国において確実に在宅医療は進んでいます。緩和ケアの得意な在宅医も増えています。

もし、在宅医ががんの終末期に慣れていない人であったとしても、訪問看護師や薬剤師などにがんの終末期ケアに長けた人がいれば、症状緩和はとてもスムーズになります。

在宅に帰ったがん患者さんが、皮下注射をしたことのない在宅医に私の動画を観せて、皮下注射を取り入れてもらい、自宅で最期まで過ごせたというケースを最近教えてもらいました。

あきらめなければ、どんな方でも在宅で最期を迎えることは可能なのです。

一番大切なことは、主治医が患者さん・ご家族の希望をかなえたい・かなえさせてあげたいという強い気持ちを持つことです。主治医であるあなたの強い思いが、周りを動かし、患者さんの希望を可能にします。

主治医のあなたは、そんな患者さんの思いを叶えてあげるための司令塔になってほしいと思います。


主治医が患者さん・ご家族にすること

主治医が司令塔として、具体的にしてほしいことについてお話しします。

1.在宅でできるサービスの情報提供をする

まず必要なことは、在宅療養でできるサービスについて十分知っておくことです。例えば、介護保険のことや在宅での医療の提供などです。

そのことを患者さん、ご家族にしっかりと情報提供をしてあげてください。そのためには、あなたの地域の在宅医療・看護の現状も知っておく必要があると思います。

そして病院内で在宅につなぐ専門家、メディカル・ソーシャルワーカーに患者さん・ご家族を紹介してあげてください。彼らが、様々な相談に乗ってくれるでしょう。

2.患者さん・ご家族の不安に対応する

積極的抗がん治療を終えて家に帰るということは、現実的には今までの病院での治療はしないということなので、患者さん・ご家族は病院から「見放された」と思う場面も多いと思います。したがって、そのときの患者さん・ご家族の不安をしっかりと聞いてあげてください。

私の経験では、病状が悪くなって家で過ごすことができなくなったらどうしよう、という不安を持つ人が多いように思いますので、緊急時の対応についてもしっかりと相談してあげてください。入院が必要な時の後方支援をあなたがしてあげることが、患者さんの不安を解消する一番の方法です。

しかし、緊急時に入院させることが困難な時もあると思いますので、その際は入院できる病院を紹介するなど、医療者として最善のことをする、ということを患者さんとご家族に約束してください。


主治医と在宅スタッフとの連携

在宅医の先生に対して、主治医のあなたにしてほしいことについてお話します。

1. 在宅医に患者さんに何を説明したか伝える

まず、現在の症状と残された余命などの病状説明を、誰に・いつ・どのように伝えたかについて、在宅医の先生は知りたいと思います。

患者さんにはどのように伝えたか、ご家族にはどのように伝えたか、などの詳しい内容が欲しいと思います。さらにはどのように理解したか、受け止めたかという点も重要です。

しっかりと伝えたと主治医側が思っていても、患者さん・ご家族が正確に理解してなかったり、誤解していることも多いからです。患者さん・ご家族の在宅のイメージや思い、といった事も聞いておいて、そのことを伝えてあげれば在宅医の先生はとても助かると思います。

2. 薬剤の調節について

在宅向けの投薬も主治医が考える必要があります。

薬剤の種類はできるだけ少なく、服用回数も最小限にしてください。また錠剤の大きさも小さいほうが良いですし、粉薬は終末期になると飲みにくくなりますので、出来るだけ避けてください。

先ほどお話しした皮下注射やPTEGなどが必要な時は、在宅医の先生に早めに伝えてください。使い慣れていない在宅医は準備するのに時間がかかることが多いからです。

3. 顔の見える関係

また、多くの在宅医の先生は、できれば紹介状だけではなく、電話で共有してほしいという希望をされています。一度でも直接話しておくことで、その後の連絡がスムーズになります。

退院時カンファレンスで顔合わせができれば、それが一番良いですね。患者さん・ご家族が再度入院の希望をした時なども、連絡しあってほしいと思っています。

4. そのほかで必要なこと

それ以外で退院時に主治医がしなければいけないことを説明します。

訪問看護師に対しては、訪問看護師指示書を記入してください。在宅に移行した後は、在宅の先生が行いますが、退院時には主治医がする決まりとなっています。

次に介護保険申請の際の主治医意見書を書いてください。主治医の先生の書き方で、介護度が大きく変わります。主治医意見書の書き方は、がんの場合、他と違う注意点があります。

そのことは、別の記事(#医36)で詳しく説明していますので、参考になさってください。

最後に、退院前カンファレンスには必ず出席をお願いします。


主治医の情熱で家に帰れた患者さん

私が最近経験したケースをお話します。40代の肺がんの男性患者さんです。ご家族は奥さんと、5歳のお子さんの3人家族です。

半年前にステージⅣの肺がんと診断され、抗がん剤治療を頑張ってきましたが、胸椎転移が悪化し、痛みのため入院されました。

私たち緩和ケアチームも加わり、痛みの緩和をしながら抗がん治療を頑張ってきました。しかしがんは急速に悪化し、抗がん治療の継続は難しい状態になりました。痛みも急速に悪化し、注射を用いての症状緩和が必要となりました。

その後、全身状態も急激に悪化したため、主治医が抗がん剤治療の中止を本人、ご家族に伝え、2人は了承しました。残された余命も数週間と思われたので、慣れ親しんだ病院で最期を迎えることとを本人、ご家族も最初は希望していました。

しかし数日後、2人は家に帰りたい、と主治医に言ってきたのです。コロナ禍ですし、やはり自分の家で最期を迎えたいと、2人で話し合ったようでした。

私から見たら、残された時間は日単位だと思われたので、準備の時間が足りないのではないかと思いました。他の緩和ケアチームのメンバーも病棟スタッフも同じ思いでした。

しかし、主治医は、二人の希望を何としてもかなえたいと思ったのでしょう。私たちに「できるだけ早く家に帰してあげたい、協力してくれませんか。」と言ってきました。

主治医の熱意を感じた私たちは急いで準備を開始しました。

MSWは、在宅医、訪問看護師をその日のうちに決め、主治医と私は在宅医と、在宅薬剤師に皮下注でオピオイド投与の方法について相談しました。緩和ケアチーム看護師と病棟看護師は在宅看護師に連絡を取り、翌日にはスタッフで退院前カンファレンスができ、翌日に退院しました。

それから1週間後、患者さんは、自宅で痛みもなく穏やかに旅立たれました。主治医の情熱が院内外の医療者を動かし、患者さんの在宅移行を短期間で成し遂げ、家で最期まで過ごせたケースだったと思います。

たとえ在宅に帰すことが様々な条件で難しそうに見えても、主治医であるあなたの情熱があれば、在宅移行は可能なのです。司令塔のあなたが、チームを動かし、ゴールを目指してください。


あなたに伝えたいメッセージ

今日のあなたに伝えたいメッセージは

「患者さんが在宅に帰りたいという希望があるのなら、可能な限り帰れる方法を考えてみてください。主治医のあなたは、患者さんが在宅に帰るための司令塔です。あなたの強い思いが協力者を増やし、患者さんの希望を叶えるのです。」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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