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【家】悲しみをしっかりと感じてあげることは大切です【予期悲嘆】#76

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「予期悲嘆」です。

動画はこちらになります。

今日は、大切な方が、がんで闘病中の方々にお話します。

予期悲嘆という言葉があります。悲嘆とは、大切な人を失ったときに起こる悲しみのことをいいます。悲嘆は、誰にでも起こり得る自然な感情です。

予期悲嘆とは、大切な人が亡くなるかもしれない、と思ったときに生じる悲しい気持ちであり、これも自然な感情です。誰でもあると思います。

しかし、そんな感情を、患者さんの前では出してはいけない、と思って、多くの人がその感情を押し殺そうとしたり、出すのを我慢しがちではないですか?

それでは、予期悲嘆に対して、どう対処すればよいのでしょうか?

この記事では、そのような予期悲嘆を抱えた家族の方が、予期悲嘆とどう向き合って、対処すればよいかについて解説します。そんなご家族の方の、気持ちが楽になっていただければうれしいです。

本日もよろしくお願いします。


大事な方を亡くした2人の女性の話

今から、ご主人をがんで亡くした2人のお話をします。

1人目は、60代の女性です。彼女の夫はすい臓がんでした。患者さんは闘病されましたが、病状が進行し、積極的抗がん治療を中止し、ホスピスに入院しました。

ある日、彼女は、病室で夫が肺転移による呼吸困難の症状を訴える姿を見て、過換気発作を起こし、倒れてしまいました。その後、私は心療内科外来で、彼女の話を聞きました。

「夫がだんだん弱っていく。そんなつらそうな姿を見るのは耐えられない。
私も、夫が亡くなった後、どう生きていいか分からない。」

彼女はこのように、強い予期悲嘆を訴えました。

病棟の看護師も、いつも彼女の訴えを長い時間をかけて聞いていました。そして、しばらくしてご主人が亡くなりました。病棟スタッフはみんな、彼女は夫の死をとても耐えられないだろうと心配していました。

しかし、彼女はあっさりと「ありがとうございました」と言って帰っていきました。その後、私の外来にも、数ヶ月通いましたが、強い悲嘆の表出もなく、薬も必要なくなって、治療は終了となりました。

もう1人は50代の女性で、夫は肺がんの患者さんでした。患者さんは積極的抗がん治療の後、家での生活を希望し、在宅療養が開始になりました。

彼女も患者さんの希望をかなえてあげたいと思い、介護を一生懸命しました。在宅医療のスタッフも頑張り、症状緩和の治療、ケアを行いました。彼の最期は、自分の望んだ自宅でした。

在宅医の先生は、彼女に、「よく頑張りましたね。泣き言も言わず、頑張って介護をしてくれたので、ご主人は安らかな最期でした。」と話しました。

それから2か月後、その在宅医の先生から私に、「奥さんの食欲が落ち、夜も寝られないらしい、診察してくれませんか。」と電話がかかって来ました。

私は遺族外来で、彼女の話を聞きました。

「夫は希望通り、最期まで家で過ごせて良かった。でもやっぱり怖かった。家で夫を看取ったことが本当に良かったのか、私はいつも自問自答しています。夫が寝ていたベッドを見ると、夫の声が聞こえるような気がします。夫と暮らし、そして夫が亡くなった家で、もう私は穏やかな気持ちで暮らせません。家に1人でいるだけでつらいのです。」と泣きました。

その後私は彼女にうつ病の治療を行いました。彼女は、1年経って、ようやく立ち直りかけています。

この2人はどこが違っていたのでしょうか。

最初の方は、予期悲嘆が強く出て、後の方は予期悲嘆がほとんど出ませんでした。
予期悲嘆が出ていなかった人は、その後の悲嘆がかなり強くなり、うつ病にまでなっています。

一方で、予期悲嘆が強かった人の方が、むしろその後の悲嘆が軽く済んでいます。大事な人が亡くなる、その時のことを考えて、つらくなる気持ちが予期悲嘆です。

つらさを我慢しないで出した方が楽になるのです。また、予期悲嘆があるということは、それ自体がお別れの準備、直面ができつつある、とも言えます。

とはいえ、大事な人が亡くなるなんて、考えたくないという人もいるかもしれません。そんな方にお話します。

予期悲嘆は悪いことばかりではありません。予期悲嘆を誰かに聞いてもらうことで、だんだんと、大切な人が亡くなるかもしれないという、こころの準備ができたり、覚悟ができたりします。

こころの準備ができると、大切な人との最後の時間を、お互いに良いものにすることが可能になってきます。その結果、実際に大切な方がもし亡くなっても、悲嘆が軽減されるということになるのです。

あなたの大切な方は、自分が亡くなった後も、あなたに笑って元気に生きてほしいと思っているのではないでしょうか。


予期悲嘆はつらいだけではない

大切な人との別れが起こる前に悲嘆反応が起こることを予期悲嘆といいます。何も考えられなくなったり、悲しみ、怒り、罪悪感などのマイナスの感情が起こります。同時に死別が近いという現実に直面しなければなりません。

それゆえ、予期悲嘆が起こると、本人は気持ちがつらくなるのです。しかし、予期悲嘆には、悪いことばかりでなく、良い面もあると言われています。それは、大切な方が亡くなった後に、悲しみが軽減される場合があるということです。

悲しみが出てきたら、その気持ちをごまかさず、しっかりと悲しむことが大事です。また、ご家族は、死別が近いという事実にきちんと直面することで、やり残しの課題に取り組むことができるのです。

例えば、患者さんとの今までできなかったコミュニケーションをとったり、相続などの手続きをすることなどです。

大切な人の死に直面できずに、亡くなってから後悔したり、必要な手続きをしていなかったことで困った遺族を私は多く見てきました。

ですので、予期悲嘆は我慢せずに、そのつらい気持ちを表に出しましょう。あなたの気持ちを受けとってくれる人に出しましょう。もちろん医療者でもかまいません。

この記事を読んでくださっている医療者や、周りの援助者にお話します。ご家族が、こうした予期悲嘆を出した場合には傾聴してください。また、時には、気持ちの表出を促すことも必要です。

その際に、1つ注意点があります。

それは、予期悲嘆を無理やり出させてはいけないということです。

すべてのご家族が予期悲嘆を抱えているわけではありません。また、それを出すことが怖いと感じているご家族もいます。ですので、自然に予期悲嘆が表出しそうなときには、促すことはありますが、無理やり、予期悲嘆を出させようとしてはいけません。自然に出てくるまで待ってあげることが重要です。

以上、予期悲嘆についてお話してまいりました。もしあなたが大事な人を失いそうなとき、気持ちがつらくなったら、我慢せずにその気持ちを言える人に聞いてもらいましょう。

十分に悲しみが手放せたら、その時、気持ちが楽になるだけでなく、もし将来、大事な方が亡くなった時の悲しみも軽くなる可能性があります。

我慢せずに、気持ちを手放しましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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