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腹水だけではない、とてもつらい腹部膨満感の原因と対処【医】#58

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「腹部膨満感~腹水を抜いてもダメな時~」です。

動画はこちらになります。

腹部膨満感は医師なら当然知っている症状だと思います。しかし私も含めてですが、ほとんどの医師はその状態を自分自身では経験したことはありません。

けれども、腹部膨満感を訴える患者さんを見ていると、本当にしんどそうです。ひどくなると臨月以上のお腹を抱えて、歩くのもままならなくなります。お腹が圧迫されるから、食欲もなくなり、吐き気も出てきます。とにかく生活自体が満足にできないので、治療の意欲がなくなる人もいます。

したがって、こういった腹部膨満感の症状を何とかしてあげたいと思う先生は多いと思います。

腹水が溜まっていて腹部膨満感を訴える患者さんには一般的に、腹水を抜くことが多いと思います。しかし、腹水を抜いても楽にならない場合も少なくありません。

あなたもそのような経験はありませんか?

今日は、腹水を抜いても良くならない腹部膨満感の対処についてお話します。

この記事は、腹水を抜いても腹部膨満感が楽にならない患者さんを楽にしてあげたい医療者、特に若いドクター、医学生・看護学生の方に見ていただきたい記事です。

今日もよろしくお願いします。


腹水だけではない~腹部膨満感の原因~

がんが腹膜・腹腔内に転移すると、患者さんの腹水はしばしば溜まります。そして腹水の量が多くなると、腹部膨満感を訴えるようになります。

そんな時、腹水穿刺をして腹水を抜いてあげると、楽になる患者さんは多いと思います。しかし、中には腹水を抜いても楽にならない患者さんがいることも事実です。1回目は抜いて楽になったけれど、2回目、3回目は楽にならないという患者さんもいます。

「なんで同じ状況で同じことをしたのに楽にならないのだろう?」1回目抜いて楽になったのだから、次に貯まって抜く時も楽になると思いますよね。

若いころ、私も同じように不思議に思ったことがあります。

私がホスピスで働いていた頃、腹水が大量に貯まった状態で入院してくる患者さんは、少なくありませんでした。

腹水が溜まっていて腹部膨満感を訴える患者さんに、腹水穿刺をすれば楽になりました。しかし、何回も腹水穿刺を行うと、そのうち腹部膨満感が良くならないと訴える患者さんが出てきたのです。

最初は「腹水が溜まっているから抜いたのに楽にならないなんて、なぜだろう?おかしいな。」と思いましたが、なかなか原因は分かりませんでした。

緩和ケア医になりたてで経験が少なかった私は、当時先輩の緩和ケア医に色々教えてもらっていました。今回もその先生に尋ねて理由がわかりました。

それは「腹部膨満感の原因が腹水貯留以外にあるから」だったのです。言われてみれば、なーんだ、ということなんですけれど、経験の浅かった私には分からなかったんですね。

実は、その時の患者さんは、腹膜播種が進行して、がん性腹膜炎によるサブイレウスを起こしていたのでした。サブイレウスにより、腸管の動きが制限され、腹水貯留とは異なった腹部膨満感をその患者さんは感じていたのでした。

腹膜播種が広がると、腹水が生じるだけではなく、イレウス・サブイレウスが起こることは当然です。医師なら誰でも知っていることでしょう。

しかし、腹水穿刺で腹部膨満感が取れたから次も取れるだろうと思いこんでしまうと、思考が袋小路に入り込んでしまって、わからなくなることもあるのです。若いころの私もそうでした。

では腹水貯留以外のどんな原因で腹部膨満感は起こるのでしょうか。代表的なものを多い順にあげると

1. イレウス・サブイレウス
2. 便秘
3. 腫瘤の圧迫
4. 尿閉

この4つです。

もちろん、腹水が溜まっていて、腹部膨満感を訴える患者さんには、まず腹水穿刺を試みます。

しかし、それでもつらさが取れない時は、この順番で原因をアセスメントし、それぞれの対処を正しく行うことで、患者さんは腹部膨満感の苦しみから楽になることができるでしょう。


腹水以外の腹部膨満感の原因と対処

がん性腹水は、がんが腹膜に広がり、腹腔内の炎症が原因で血管内の成分が溢れだし、腹膜内に貯留することで起こります。また肝硬変・腎不全・心不全などの病気により、血管内の浸透圧が低下し、血管外に水分が漏れ出すようになった腹水もあります。

いずれの腹水も単に水分だけではなく、アルブミンをはじめとする栄養素が含まれており、単純に抜けばよいというわけではありません。栄養素も抜けてしまうからです。

しかし、冒頭でもお話したように、腹部膨満感を生じて、QOLを損なってしまうような場合には、私は積極的に穿刺をすることをお勧めします。腹水が減ることで腹部膨満感が取れ、再び食事がとれるようになったり、活動性がアップするのなら、腹水を抜くことにメリットがあるからです。

しかし、腹水を抜いても腹部膨満感が取れないのなら、何度も腹水を抜くことにはメリットはありません。その際には、先ほど申し上げたように、腹部膨満感を起こすほかの原因を考えてください。

もう一度述べますが、腹水以外の原因をアセスメントするときは次の順番で私は行います。

①イレウス・サブイレウス
②便秘
③腫瘤の圧迫
④尿閉

これは頻度の多い順です。ではそれぞれの原因とその対処について詳しくお話します。

1. イレウス・サブイレウス

先ほど申し上げたように、進行がんの患者さんで腹水が貯留する原因の多くは、がんが腹膜に広がった時です。

腹膜播種になると、腹水貯留以外にイレウス・サブイレウスになる可能性が高く、常にイレウス・サブイレウスが起こることは頭に入れておく必要があります。また、イレウス・サブイレウスが起こると、腹部膨満感以外に、腹痛、嘔気・嘔吐が起こることが多いことも知っておいてください。

サブイレウスの診察としては、腹部の打診で鼓音が聞こえることが多いです。これは、腸管にガスが溜まっているためです。

聴診で特徴的な金属音が聞こえれば、イレウスになっていることがほぼ確診できますが、むしろ腸雑音が低下したり、逆に亢進することもあるので、聴診だけでは診断できないことも知っておいてください。

やはり検査として腹部レントゲン、あるいは腹部CTが必要で、これらの検査で確診できます。

イレウス・サブイレウスの対処としては、まずステロイド投与が挙げられます。私は点滴でリンデロン®の投与をします。

知らない人が多いのですが、ステロイド投与はイレウス・サブイレウスの治療として有効です。重度の感染症が無い限り、ステロイド投与は十分に行う価値があると思います。また、イレウスにまでなってしまったら、治療としてはステロイドに加え、イレウス管、胃管の挿入も必要になります。

以上のことを知っておけば、イレウス・サブイレウスには対応できると思います。

2.便秘

便秘も腹部膨満感の原因としては非常に多いのですが、見逃されやすいと思います。なぜなら、医師も患者さん本人も便秘くらいと思いがちだからです。

最近のことです。

「お腹が張ってしんどいのでどうにかしてほしいと言っている患者さんがいるけれど、原因が良く分からないので診てほしい。」と呼吸器内科の主治医から依頼を受けました。

私が診察すると、確かに腹部は張っており、特に左下腹部に圧痛があり、打診をするとコーンコーンとすいかを叩いたような鼓音が響きました。患者さんに聞くと、便が10日くらい出ていない、と言いました。

ところが「このところ食欲も落ちているので、便は出ないのは当たり前、別に気にしていませんよ。」と言うのです。

ちなみに患者さんで、食事量が減ると、便が出なくなることは当たり前だと思っている人は多いのですが、便の大半は腸内細菌の死骸や腸粘膜の剥がれ落ちたものなので、食事が取れなくても便は出ます。

私は、腹部膨満感の原因は便秘だと思いましたが、患者さんも、主治医も気が付いていないと思ったので、腹部単純レントゲン写真を撮ってもらいました。

たかが便秘で、レントゲン?と思う方もいるかもしれませんが、患者さんに納得してもらうためには必要な検査なのです。

レントゲン写真では大腸全体がガスで膨満しており、特に下行結腸からS字結腸にかけてころころとした便塊が大量に溜まっていました。

これを、患者さんと主治医に見せ、腹部膨満感の原因は、便秘であることを納得してもらいました。その後、下剤などの投与で患者さんの便秘は解消し、同時に腹部膨満感も軽快しました。

便秘は患者さんの問診でわかります。患者さんの訴えを見逃さないことが大事です。看護師のカルテ記録には、便の回数の記載は必ずあります。便秘を見逃さないために、看護師から情報をもらう事も忘れないようにしましょう。

先ほどの例のように、患者さんが理解していない時には、腹部単純レントゲンを撮ることも有効です。そうしたケースには、腹部単純レントゲンを撮ってみてください。

便秘が原因で腹部膨満感を起こしていたら、便秘対策を早急に行ってください。

3. 腫瘤の圧迫

腹腔内や後腹膜にできた腫瘤そのものが腹部を圧迫して起こる、腹部膨満感もあります。腹部を圧迫する腫瘍は、肉腫などが原因のことが多いのですが、肝転移により、肝臓の肥大による圧迫もあります。

肝臓の肥大の場合は、心窩部の触診でわかることがあります。検査としては、腹部CTが一番です。一見してすぐにわかるからです。

また、腹水ではないので、腹水穿刺では腹部膨満感は取れません。ステロイドの効果があることが多いです。さらに腫瘤が圧迫するので、痛みを伴うことも多いです。

特に肝臓肥大は、肝皮膜を刺激するため痛みが起こります。鎮痛薬も必要であり、オピオイドはとても効果があります。ぜひ使ってみてください。

4.尿閉

尿閉により、尿で膀胱が緊満となった時も患者さんは腹部膨満感を訴えます。

膀胱が尿でパンパンに張ると、腹部膨満感が起こることは当然ですが、意外にわからない場合が多いのです。特に認知症やせん妄になっている患者さんは自分で訴えができないので、気を付ける必要があります。

原因としては、前立腺肥大、下肢浮腫、腫瘍などによる尿管、膀胱の圧迫が考えられます。

診察では、膀胱が触れないか、下腹部の圧痛がないかを診ます。特に腹部膨満感があって、下腹部の圧痛がある時には尿閉を疑いましょう。尿量の問診も必要です。

検査と対処は、膀胱カテーテルを挿入することです。大量の尿が出て、腹部膨満感が取れたら、患者さんは楽になります。その後、原因疾患の特定と、治療をしてください。

以上、腹水以外の腹部膨満感の原因について述べてまいりました。

腹水貯留の患者さんが訴える腹部膨満感は、腹水のみが原因ではないことも多いのです。そのことを理解し、正しいアセスメントをして、患者さんの苦痛を和らげてあげてください。


あなたに伝えたいメッセージ

今日のあなたに伝えたいメッセージは

「腹水貯留の患者さんが訴える腹部膨満感は腹水だけが原因ではなく、イレウス・サブイレウス、便秘、腫瘤の圧迫、尿閉など多岐に及びます。原因をしっかりアセスメントし、それに合った対処をしましょう。」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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