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ケミカルコーピングを防ぐために、がん性疼痛と慢性疼痛のアセスメントが重要です#6

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr.Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「ケミカルコーピングを防ぐ~疼痛アセスメント~」です。今日は、がん治療医の先生方にお話します。

動画はこちらになります。

あなたは、ある患者さんの担当医だと想像してみてください。その患者さんは、がん性疼痛で医療用麻薬を使っていました。その方は治療によってがんが完治したのですが、以前と同じように痛みを訴えています。

その場合どうしたらよいでしょうか。

痛みがまだあるのだから、医療用麻薬は続けたらいいと思いますか。いや、がんは無くなったのだから、医療用麻薬はやめるべきだと思いますか。迷いますよね。

今日は、がんは無くなったのに痛みを訴える患者さんの疼痛緩和についてお話します。

この記事を見ることで、がんが完治した患者さんが訴える痛みの適切なアセスメントと疼痛緩和ができる医師が増えればうれしいです。

今日もよろしくお願いします。


がんが治ったのに痛みを訴える患者さん

私が以前に経験した患者さんのお話をします。

他院の耳鼻科で治療していた、顎下線がん術後の60代女性の患者さんです。

7年前、腫瘍とあごの骨を取る手術をし、がんは完治しました。当時の主治医は、患者さんが術前から痛みを訴えたため、医療用麻薬であるフェンタニル貼付剤を使用していました。術後も痛みはゼロにはならず、医療用麻薬を継続していました。

1年前から痛みが悪化し、医療用麻薬を増量しましたが、痛みは取れませんでした。フェンタニル貼付剤を増量し、14 ㎎を貼付。即放製剤であるオキノーム®10㎎を10~20回/日くらい使用していましたが痛みが取れません。患者さんはオキノーム®を使うと、よく寝られて、気分が落ち着く、と言っていました。もちろん再発はしていません。

この患者さんが私のもとに、疼痛コントロール目的で紹介されてきました。
皆さんならこの患者さんの痛みをどう緩和しますか。


がんが治った人の痛み=慢性疼痛

結論から申し上げます。

がんが治ったのに、痛みを訴えている患者さんの痛みは、がん性疼痛ではありません。慢性疼痛の痛みだと考えてください。

慢性疼痛の痛みには、医療用麻薬は原則中止です。漫然と医療用麻薬を使っていると、ケミカルコーピングや麻薬依存を起こすからです。

この場合の痛みに対しては、慢性疼痛としての治療が必要なのです。慢性疼痛の治療は、時間がたてばたつほど難しくなる場合が多いので、その時には、ペインクリニックや心療内科などの専門家にコンサルトをしてください。


慢性疼痛とは

次に慢性疼痛についてお話します。

慢性疼痛とは、「疾患が治ると予想される期間を超えても持続する痛み」と定義されています。つまり、原因となる疾患がすでに治癒していても、痛みが持続することです。

元の疾患が治癒していなくても、痛みの程度と病状が一致していない時も慢性疼痛だと言えます。一般的には3ヶ月以上持続する痛みと定義されます。慢性疼痛の患者さんにおいては、原因となる疾患自体が問題となることは少なく、長引く痛み自体が大きな問題となります。

痛みを慢性的に抱えることによって、不安・抑うつ・行動意欲の低下・不眠などの精神症状が悪化します。このことが痛みの程度を更に増悪させ、症状を複雑化するとともに、患者さんの日常生活やQOLの著しい低下につながります。

そしてそのことにより、痛みがさらに悪化するという悪循環が生じる場合も少なくありません。そうなった慢性疼痛の治療はとても難しいので、できればペインクリニックや心療内科などの専門家にコンサルトした方が良いと思います。

慢性疼痛の治療目標は、がん性疼痛のように痛みをゼロにすることではありません。痛みを持ったまま、生活を拡大し、QOLをあげることが目標になるのです。

慢性疼痛の患者さんの痛みを無くそうとするばかりに、医療用麻薬を使ってしまうと、次にお話するケミカルコーピングを招き、さらには麻薬依存を引き起こすことになってしまいます。


ケミカルコーピングとは

ケミカルコーピングとは「一般的に鎮痛以外の心理的利益のため、つまり気分高揚や不安軽減、鎮静を得るために不適切に薬物を得ること」と定義されています。つまり、正しい目的以外で、依存を起こす薬物を使用することです。

ケミカルコーピングを放っておくと、治療が必要な薬物依存になってしまいます。最近では、医療用麻薬のケミカルコーピングが社会問題となっています。ケミカルコーピングは死亡事故につながるケースも多く、オバマ政権下のアメリカでは不正使用で年間数万人が亡くなっていました。

がんの患者さんでも、痛みがないのに

「これを飲むとよく眠れます」
「レスキューは1時間あけたら飲んで良いと聞いています。昨日は15回飲みました。」

これらはすべて、ケミカルコーピングです。

さらには

「NRSは10です。レスキューください。」と言いながら顔はニコニコ。

この場合はケミカルコーピングを超えて、麻薬依存になっている可能性が非常に高いです。

ですから、医師・看護師・薬剤師はケミカルコーピングに気づかなければならないのです。

ケミカルコーピングは様々な問題を起こします。ケミカルコーピングの患者さんは、むしろ痛覚に過敏になっていると言われています。その結果、さらに医療用麻薬の量が増えてしまうことがあります。

また、オピオイド誘発性認知機能低下という状態となることもあります。これは薬物性の認知症状態のことです。

慢性疼痛に医療用麻薬を使うことで、認知症のような状態になり、医療者が患者さんの背景にある精神的・社会的・スピリチュアルな痛みを見逃してしまうことも指摘されています。

そして、特に皆さんにお伝えしたいことは、ケミカルコーピングは医療者が起こしているかもしれないということです。

「レスキューは1時間あけたら何回でも使って良いですよ。」と主治医から説明された患者さんも多くいました。その結果、不眠や、不安などの疼痛以外の症状でも使用してしまうケースをよく見かけます。

実は、この言葉では説明が不十分です。本当は「レスキューは1時間あけたら何回でも使って良いです。痛みがある時に使う分には、とても安全なお薬です。しかし、痛みがないのにレスキューを使用してはいけません。」と言うべきです。

もちろんがん性疼痛は、痛みをゼロにすることが目標なので、適切な量を十分に使うことは必要なことです。しかし、疼痛以外の目的で医療用麻薬を使用していないかは、しっかり見ることはとても大事なことなのです。

さらに最もいけないことは慢性疼痛なのに、レスキュ―としてオピオイド即放製剤を使用することです。オピオイド即放製剤は医療用麻薬の一種ですが、慢性疼痛の患者さんに使用すると、非常に高い確率でケミカルコーピングを起こすからです。

私は慢性疼痛の患者さんに医療用麻薬を使うことは、基本的にしません。ましてや、オピオイド即放製剤は絶対に使ってはいけません。

医療用麻薬の中で、慢性疼痛に対して保険適応になっているものもありますが、e-learningを受けて、その危険性をしっかりと理解している医師でなければ使用できません。

慢性疼痛の患者さんには、医療用麻薬は原則使わないようにしていただきたいと思います。


患者さんその後

先ほどの患者さんの話に戻ります。この患者さんの問題点を整理してみましょう。

1年前から痛みが悪化し、医療用麻薬を増量しましたが、痛みは取れませんでした。フェンタニル貼付剤を増量し、14 ㎎を貼付。即放製剤であるオキノーム®10㎎を10~20回/日くらい使用していましたが、痛みが取れません。患者さんはオキノーム®を使うと、よく寝られて、気分が落ち着く、と言っていました。もちろん再発はしていません。

①がんが治っているのに医療用麻薬を使用している。

②効果がないのにフェンタニル貼付剤を増量している。この14㎎という量はとんでもなく高用量です。

③即放製剤であるオキノーム®10㎎を10~20回/日も使っている。通常はこんなに使うことはほとんどありません。

④患者さんは「よく寝られて、気分が落ち着く」という痛み以外の目的でオキノーム®を使っていた。

以上のことから、私は次のように診断しました。

「この患者さんの痛みは、がん性疼痛ではなく、慢性疼痛である。オピオイド即放製剤を痛み以外に使用している。そして、異常に多い量を処方されている。その結果、ケミカルコーピング状態である。」

そのことを患者さんに伝え、理解してもらいました。その後、オピオイド即放製剤の使用はできるだけ速やかに中止し、鎮痛薬はアセトアミノフェンと、ロキソプロフェンで行い、抗不安薬、抗うつ薬などの向精神薬も使用して、外来治療を行いました。

フェンタニル貼付剤は数カ月かけて徐々に減量し、最終的には中止できました。患者さんはその後、痛みはほとんどない状態となり、仕事にも復帰できました。

がんが治っても痛みが取れない患者さんが医療用麻薬を使っていないか確認しましょう。もし、慢性疼痛に医療用麻薬を使っている場合、速やかにやめる必要があります。

しかし、ケミカルコーピングにまでなっている場合は、やめ方が難しい場合があるので、その時は自分で抱えないで、早めに専門家にコンサルトしましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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