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【主治医に聞けない】がん患者さんも、ご家族も、使うのが怖いモルヒネ(医療麻薬)について解説します【患】#164

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr. Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「モルヒネは怖いって本当?」です。

動画はこちらになります。

あなたはモルヒネに対してどのようなイメージを持っていますか?

モルヒネは麻薬で、怖い薬物だと思っている方が多いのではないでしょうか。しかし実は、医療用麻薬としてしっかり管理されて使う場合、モルヒネは大変有用な良い薬なのです。

今日は、医療においてとても有用なモルヒネが、どうしてこんなに誤解されているのか、また最後に医療用麻薬を安心して使うためのとても大切なポイントについてもお話しますので、ぜひ最後までお聞きください。

今日もよろしくお願いします。


とても有用なのに誤解されやすいモルヒネ

モルヒネは医療用麻薬として、がんの痛みや呼吸困難を緩和してくれるとても有用な薬です。今では、モルヒネをもとに様々な医療用麻薬が作られ、多くのがん患者さんの役に立っています。

しかし、モルヒネにはまだまだ多くの誤解があり、一般的には怖い薬であると思われていることもまた事実です。

では、なぜそんなに有用なモルヒネがこのように誤解されているのでしょうか。

先日、ある乳がん治療中の患者さんが私に「先生、私のがんが悪くなっても、絶対にモルヒネは使わないでほしい。」と言ってきました。私はその理由を聞きました。

すると、30年前に亡くなった、その方のおじいさんの話をしてくれました。

おじいさんは肺がんで、病状が進行すると、呼吸困難がひどくなったそうです。おじいさんの主治医は「最期はモルヒネしかありません」と言ってモルヒネの点滴をしたそうです。すると、おじいさんはその後、急に変なことを大声で言い出したと思ったら、意識不明になり、しばらくして呼吸が止まって亡くなったそうです。

「私の祖父は、モルヒネを使ったせいで、頭がおかしくなり、命も短くなった。だから私はモルヒネは使いたくないのです。」と彼女は話しました。

この方のように多くの人は

①モルヒネは最期に使う薬だ
②モルヒネを使うと命が短くなる
③モルヒネを使うと頭がおかしくなる

このように思っています。さらにモルヒネは麻薬ですので、

④モルヒネは依存してやめられなくなる

とも思っています。

しかし、医療用麻薬として使う場合、これらはすべて誤解なのです。そしてこれらの誤解のために、モルヒネは怖い薬だから使いたくないと思っている方は、今でもとても多いのです。

それではこれらの誤解を解消するために、それぞれ具体的にお話していきます。


なぜ医療用麻薬のモルヒネは誤解されているのか

1.「モルヒネは最期に使う薬」の誤解

モルヒネをがんの痛みの鎮痛薬として使いだしたのは、1960年代になってからです。ホスピスの創始者であるシシリー・ソンダーズ先生たちが、モルヒネを終末期でがんの痛みに苦しむ患者さんに使いだしたのが最初でした。

そして、1980年代になって、WHOが、モルヒネを主軸としたがんの疼痛治療法を発表し、一般的に使われるようになったのです。

このように、モルヒネが医療の中で使われるようになったのは、比較的最近のことなのです。そして当初は、医師もモルヒネはホスピスなどでの終末期医療で用いる薬だと、認識していました。

さきほどの例は30年前の話でしたよね。当時はこのように医師が「最期はモルヒネです。」というケースも多かったと聞きます。

しかし、がんの痛みは終末期だけに、起こるものではありません。進行がんであれば診断時に痛みがある方もいますし、治療中にもがんの痛みは起こります。

今ではそうした時には、モルヒネなどの医療用麻薬を積極的に使います。その結果、生活の質が上がったり、治療を楽に受けることができるのです。

モルヒネは決して最期に使う薬ではないということを知ってください。

2.「モルヒネを使うと命が短くなる」の誤解

モルヒネを使うと命が短くなる、と思っている人は多いのではないでしょうか。

しかし、モルヒネを使うことで、寿命が短くなることはありません。

海外の研究で、モルヒネを使っても寿命が短くならなかったという報告があり、私の臨床での印象も同じです。むしろ、痛みを取って元気になったことで、寿命が延びたのではないかと感じることもあります。

「モルヒネを使うと命が短くなる」と思っている方は、さきほどの患者さんのように、モルヒネを使った後、意識が低下して息が止まったケースを見て、そのように思ったのかもしれません。

さきほどのケースで解説すると、モルヒネを使った後、すぐに息が止まったのは、すでに呼吸不全の状態になってしまった時にモルヒネを使ったからだと思います。

モルヒネは、痛みのほかに呼吸困難の症状にも効果があります。なぜモルヒネが呼吸困難の症状に効果があるのかは、今でも正確なところはわかっていません。

しかし、呼吸の回数を減らす効果があることはわかっています。息がしんどくなると、誰でも頻回呼吸になりますよね。そうなると呼吸困難の症状となります。

それに対して、モルヒネは頻回の浅い呼吸を、深いゆっくりとした呼吸にしてくれます。それで息が楽になるのだといわれています。

ところが呼吸不全になるくらい、肺の状態が悪くなった患者さんにモルヒネを使うと、呼吸回数が減ることで、むしろ呼吸不全を助長してしまうことになるのです。これを呼吸抑制と言います。

「モルヒネを使ってすぐに息が止まった」ことは、この呼吸抑制が起こったからなのです。

では、このような呼吸不全になっているがん患者さんの呼吸困難の症状緩和のために、モルヒネを使うことは良くないことではないかと思う方もいるかもしれません。けれども、このような時の呼吸困難の症状緩和にモルヒネに変わる薬は今のところありません。もしなにもしなければ、呼吸困難で苦しんで亡くなってしまうことになるのです。

したがって、私たちは呼吸不全の状態のときにモルヒネを使う際には、少量から細心の注意を払いながら使うようにしています。しかし、呼吸状態が悪くないときにモルヒネを使っても、呼吸不全にはなりませんし、命が短くなることもありません。

モルヒネを使っても命が短くはならないことを知ってください。

3.「モルヒネを使うと頭がおかしくなる」の誤解

モルヒネは麻薬なので、服用すると、幻覚を起こすと思っている人も多いと思います。しかし、がん患者さんに痛みや呼吸困難に対してモルヒネを使うときに、幻覚などの副作用が起こることはほとんどありません。このことは、研究でも証明されています。

モルヒネを使うと頭がおかしくなる、ということは誤解です。

せん妄は終末期の精神症状として、多くの患者さんに見られます。

さきほどの患者さんのおじいさんが、「おかしくなった」ように見えたのは、せん妄を起こしたためだと考えられます。せん妄になった時も幻覚を起こすので、「おかしくなった」のはモルヒネのせいだと思ったのでしょう。

終末期にせん妄が起こった時にモルヒネを使っていれば、モルヒネによる幻覚だと思ってしまう人も多いのです。

もちろんモルヒネ自体もせん妄を起こす要因にはなります。ところが、終末期に起こるせん妄の一番大きな原因は、がんが悪化して身体全体が弱ってしまった状態になっていることが要因と考えられるのです。

終末期にはせん妄は非常によく起こる精神症状であり、モルヒネ以上にせん妄を起こす要因の方が多いということを知ってください。

4.「モルヒネは依存してやめられなくなる」の誤解

モルヒネは、昔から依存性が強い麻薬として扱われてきました。

確かに、健康な人がモルヒネを使うと依存が起こります。しかし、がん患者さんに対して、医師のもとで痛みの治療を目的のためにモルヒネを適切に使用した場合、依存が生じることはほとんどありません。このことも、医学的に証明されています。

それでは、なぜモルヒネはがんの痛みに使うと依存しないのでしょうか?このことについて少しお話します。

人の脳内には、気分を高揚させるドーパミンという神経伝達物質があります。モルヒネが投与されると、脳内でドーパミンが大量に放出され、快感状態になります。そして、これが長く続くと依存状態になってしまいます。

しかし、痛みがあるときは、モルヒネが投与されてもドーパミンの放出が抑えられた状態のままでいます。そのため、がんの痛みを取る目的でモルヒネを処方しても、快感・依存状態にはなりにくいのです。

したがって、痛みがあるがん患者さんにはモルヒネの依存は起こらず、痛みがなくなったら、やめることもできます。

安心して服用してください。


モルヒネはとても有用

緩和ケアにおいて、モルヒネなどの医療用麻薬を使う理由は、一言でいうと、がんの痛みが画期的に取れるからです。

がんが広がって起こる痛みは、ほとんどの場合、放っておいてもよくなることはありません。それどころか、痛みがどんどん悪化すると、夜も寝られない、食欲も出ない、気持ちも落ち込むといった、精神面・生活面にも大きな悪影響が出て、悪循環に陥ります。

抗がん治療も痛みによって滞ることもしばしばです。痛みを苦に、自殺をしようとする人も少なくありません。そういった本当につらいがんの痛みを取り去ることができるのが、モルヒネをはじめとする医療用麻薬なのです。

がんによる痛みには、ぜひ医療用麻薬を積極的に使うようにしてください。


ケミカルコーピングには注意

最後に必ず知っておいて欲しい、ケミカルコーピングについてのお話をします。

ケミカルコーピングとは、モルヒネなどの医療用麻薬を痛み以外の目的で使うことです。例えば、よく眠るためとか、不安をなくすためとかです。

このように、モルヒネをがんの痛みを取る目的以外に用いると、依存に繋がっていきます。

医療用麻薬は医師の管理の下で、疼痛や呼吸困難などのがんの症状のみに使うものです。そして、がんの治療が効いて、がんが消えてしまったときは、医療用麻薬は使用しません。

このことは、とても重要なことなので、患者さんのあなたも必ず覚えておいてください。

もし万が一この動画を観ている人で、がんが消えているのに医療用麻薬を使っている人がいたら、ぜひ主治医に相談してください。

以上、モルヒネがなぜ怖い薬だと誤解されているのかについてお話しました。

皆さんもモルヒネの誤解を解消して、がんの痛みの時には積極的に使うようにしてください。


あなたに伝えたいメッセージ

今日のあなたに伝えたいメッセージは

「確かにモルヒネは麻薬に分類される薬です。しかし、医師の管理下で使う時には、がんの痛みや呼吸困難を緩和してくれる、とても有用な薬になるのです。モルヒネを正しく理解し、しっかりと痛みを緩和してもらいましょう。」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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