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【医】説明のつかない胸痛・呼吸困難は肺塞栓を疑いましょう#115

こんにちは、心療内科医で緩和ケア医のDr.Toshです。緩和ケアの本流へようこそ。

緩和ケアは患者さん、ご家族のすべての身体とこころの苦しみを癒すことを使命にしています。

今日のテーマは「オンコロジーエマージェンシー~肺塞栓~」です。

動画はこちらになります。

今日は、がん患者さんを日常的に診ている医療者、とりわけ若い医師にお話します。

みなさん、肺塞栓症というものを知っていますか?

静脈や動脈の壁にできた血栓が、血液の流れに乗り、どこかの血管に詰まる事を塞栓と言いますよね。特に肺の動脈を詰まらせることを肺塞栓症と言います。

肺塞栓症を引き起こすエコノミークラス症候群が、震災の非難現場で多く起こったことでも有名になりましたね。最近では、コロナウイルス感染症でも血栓が引き起こされることもトピックとなっています。

実は、がんの患者さんにもこの肺塞栓症は日常的に起こるのです。今日はこの肺塞栓症、とりわけオンコロジーエマージェンシーとしての肺塞栓症についてお話します。

この記事を見ることで、肺血栓症を起こしたがん患者さんを早期に見つけ、適切な治療・ケアができ、患者さんを救える医師が増えればうれしいです。

今日もよろしくお願いします。


肺塞栓は早期治療が重要

私が研修医になって大学で初めて受け持った患者さんが、肺がんの患者さんでした。入院して抗がん剤の治療中でした。ある日、私が診察に行くと、急に息苦しさを訴えたのです。

患者さんは胸をかきむしって痛みを訴え、「助けてくれー」と叫びました。そして、急速に酸素濃度が下がり、血圧も下がってきました。

私は何もすることができず、上級医の医師を呼びました。私はただ処置を見ているしかできませんでした。その後、患者さんは挿管され、人工呼吸器による治療が開始されましたが、やがて、状態は快方に向かいました。

肺塞栓症と診断され、その治療をすることで、患者さんは元の元気な状態に戻り、再度抗がん剤治療もできるようになりました。

上級医の先生は後から私に「よく早く見つけたな。ほおっておいたら亡くなっていたぞ。」と言いました。

私は後で勉強して、初めて病状が理解できました。症状が起こったとき、適切に治療が行われたので、患者さんは命が助かったのです。

医師になって初めて担当になった患者さんが、肺塞栓症になったので、とても印象に残ったことを覚えています。

「肺塞栓症」とは、心臓から肺に血液を送り込むための肺動脈が、何らかの物質により詰まってしまう病気です。詰まる物質はいろいろですが、そのうちの大半が血栓によるものです。

血栓が原因の肺塞栓症のことを「肺血栓塞栓症」といいます。肺塞栓を起こす血栓症の90%以上が、下肢深部静脈、あるいは骨盤内静脈で起こります。

図を見てください。

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この図のように、肺血栓塞栓症の原因としては、足の静脈にできた血栓が肺に運ばれた結果、肺動脈を詰まらせることが1番多いです。

肺塞栓症を起こすと、急速に呼吸不全を起こしたり、場合によっては心停止なども起こすことがあり、緊急に対応が必要なことも多いのです。

静脈にできた血栓症を、深部静脈血栓症・DVTと言います。これはがんに関連するものが1番多いのです。すなわち、がん患者さんの肺塞栓症が1番多く、注意を要します。

以前の動画でも、肺塞栓症はオンコロジーエマージェンシーの1つで、早急の診断・治療が必要であることをお話ししました。

未治療の肺塞栓の死亡率は30%ですが、適切に治療を行えば、2~8%まで下がるという報告もあります。

先ほど私がお話した患者さんのように、早期に適切な処置を行うと、助かることが多いのです。つまり、肺塞栓症は早期の診断と治療で救命できるのです。

肺塞栓症の診断におけるポイントは、患者さんの症状を観察することです。

肺塞栓症の患者さんの約80%は、突発性の呼吸困難が主な症状です。 また、患者さんの半数程度が胸の痛み、20%前後が失神発作を経験しています。

全身倦怠感・不安感・動悸・冷や汗などの症状が出ることもあります。DVTの症状である、下肢の浮腫、痛みがあることも多いので、注意してみてください。

症状の他に、呼吸困難を起こすような原因となる病気、例えば、がんや肺炎などの病気が肺の中にないことも、肺塞栓症の診断には重要です。

突然の胸痛・呼吸困難があり、それ以外にも、今私が話した症状がある場合は、肺塞栓症を疑いましょう。オンコロジーエマージェンシーの肺塞栓症を発見した場合、対処が難しいので、早急に専門家へのコンサルトを行ってください。


がん患者さんのDVT

先ほど、肺塞栓の原因となるもので1番多いものが、深部静脈血栓症・DVTだとお話しました。

肺塞栓症になってしまうと、専門の医師でないと、なかなか対処が難しくなりますが、肺塞栓症になる前に、DVTを診断・治療することで、肺塞栓症の予防になります。したがって、DVTの原因を知っておき、発見した場合、専門家にコンサルトすることはとても重要なのです。

がんの方のDVTの発症率は、健康な人の約4~7倍高いと言われています。また、血栓症患者のうち、1番多いのががん患者さんで、約20%程だという報告もあります。

なぜがん患者さんにはDVTが多いのでしょうか。その原因について今からお話します。

1. 手術後の長期臥床
手術後は通常でも血栓ができやすいのですが、それに加えて、臥床の状態で過ごさなければいけなくなります。

運動ができず、長い時間ベットの上で過ごすことにより、血栓をおこしやすい状態になるのです。いわゆるエコノミークラス症候群と同じ理屈です。


2. 抗がん剤による副作用
一部の抗がん剤は血管障害を引き起こし、障害された血管部分や下肢静脈に血栓ができやすくなります。化学療法による嘔気・嘔吐、下痢、または食欲低下により脱水になる時や、倦怠感が強くなった時も静脈血栓が増加します。

3. サイトカイン
がん細胞や、がん周囲の炎症部位は、血栓をつくりやすい組織因子や凝固促進因子の作用のあるサイトカインを放出しています。

サイトカインとは、がんから出る物質で、正常細胞に悪い影響を与える物質の総称のことです。したがって、非常に元気に生活されている方でも、サイトカインの影響で、血栓ができたり、がんと離れた場所で血栓ができます。

サイトカインが起こすDVTは、一番頻度が高いとされています。私の印象としては、進行がん、終末期に起きやすいものだと感じます。

4. がんによる静脈圧迫
がんが進行し、例えば、鼠径部のリンパ節が腫れて、それによる物理的な圧迫が生じ、血流がうっ滞します。その結果、下肢浮腫が起こりますが、同時に血栓も起こりやすくなります。これも、進行がん、終末期に起きやすいので注意してください。

5. カテーテル挿入による刺激
栄養や化学療法薬を確実に投与するために、がん患者さんは様々な種類の静脈カテーテルを挿入されます。カテーテル留置により血管の中で血流障害や感染症を合併することがあり、そこに静脈血栓を作ることがあります。

このように、がん患者さんは終末期はもちろん、早期がんにおいても血栓を生じるリスクがあることを知っていただきたいと思います。

DVTで一番多い部位は、下肢であり、症状としては下肢の浮腫と痛みが多いです。DVTは下肢エコー、血液検査で診断ができます。

先ほど、DVTの症状に下肢の浮腫があるといいました。浮腫は患者さんを悩ます症状の1つで、マッサージをすることが大変有効です。

しかし、DVTの患者さんにマッサージをすると、肺塞栓症を引き起こす恐れがあります。下肢の浮腫にマッサージをするときには、必ずDVTがないか、下肢エコー、血液検査で確認してください。

私の病院ではマッサージをする前に、これらの検査をすることをルーティンにしています。もし、患者さんにDVTがあれば、その治療をして、DVTがなくなってからマッサージを行いましょう。

また、治療も、今では内服薬や点滴など、抗凝固療法がメインですが、手術やカテーテルで血栓を直接取り除く、外科的手術療法もあります。肺塞栓症の治療もほぼ同様に行われます。

いずれにしても、肺塞栓症やDVTの治療は専門性が高いので、発見したらすぐに、循環器内科などの専門家にコンサルトすることが重要です。

肺塞栓症は、オンコロジーエマージェンシーとして重要な病気です。それ以上に、その原因となるDVTの診断・治療が、肺塞栓の予防になることも知っていてください。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は、緩和ケアをすべての人に知って欲しいと思っています。

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