秘かに憧れ続けていたマドンナから、「ねえ、話を聞いてほしいの」と……
高校時代、僕には、秘かにず~っと好きだった女子がいました。
可愛すぎて、僕には高嶺の花でした。
好きだと自覚したと同時にあきらめていました。
こういう存在を、マドンナと呼ぶのではないでしょうか。
高校卒業後、彼女は東京の会社に就職しました。
最初は独身寮に入り、それから2~3年後、仲良しのクラスメイトと同居生活を始めました。家賃の節約ですね。
やがてその部屋は、東京近郊にいる仲良し数人の集合場所となりました。
よく集まったのは、男子4人で、僕もその1人でした。
年に何度も、そこで飲み会を行ないました。
◆「話を聞いてほしいの」
そのときは、たまたま、男子は僕だけだったのかな。
3人だけだったと思うのです。他に人がいた記憶がありません。
「ねえ、じょーじくん」
「話を聞いてほしいの」
と、女子2人が僕に言いました。
「あのね。『ちょっと背中がス~ッとする話』、というのをするから…」
「聞いてくれる?」
話し手のメインは、マドンナでした。
彼女たちは、以下の話を、僕に語って聞かせたのです。
◆ちょっと背中がス~ッとする話
サラリーマンが、最終電車で駅に着いたのね。
けっこう酔っていて、駅から歩いて家まで帰るの。
終電だから夜中で、真っ暗なのね。
都会の話だから、夜中の12時くらいなの。
真っ直ぐ進んで、次の大きい通りを左に曲がる。それが普通なのね。
その真っすぐ進む道の左手は、けっこう大きい公園なの。
で、そのサラリーマンは、公園内の道を通ることにしたの。
そっちが近道なのね。
* * *
公園の道を歩いていると、林の中から、
「カーン」
という音がしたの。
それで、サラリーマンは林に入っていったの。
なんだろう、って思って。
林に入っていくと、明かりが見えたのね。
で、息を殺して静かに近づいたの。
そしたら、女の人がいたの。
白装束の。
ハチマキ撒いてて、そこに火の付いたロウソクが2本ささっていて。
裸足で。
「カーン」という音は、
その女の人が、わら人形に五寸釘を打ちつけている音だったの~。
女の人は、「死ね・・・、死ね・・・」と、小さい声でつぶやきながら釘を打っていたの。
* * *
サラリーマンが後ずさりしたら、小枝を踏んでしまって、「ポキ」って音が出て、女と目が合っちゃったの。
女の人が、「見たな~」って。
そう言ったの~。
サラリーマンは怖くなって、走って逃げたの。
走って、走って、走って、後ろを振り返ると、女が追いかけて林から出てきたの。
それが見えたの。
サラリーマンは、酔いがまわって、息が切れてきて…。
公衆トイレが見えて、そこに、吸い込まれるように入っちゃったの。
個室が3つあって、一番奥へ入って、鍵を閉めて…。
で、息を殺したの。
白装束の女の人が、公衆トイレを通り過ぎることを祈ったの。
* * *
もう大丈夫かな? そう思ったとき、人の気配がしたのね。
裸足の、「ひた… ひた…」という音が聞こえたのよ。
1番手前の、個室のドアが、「ギィー」と開いて…。
「いない」という、かすかな声がして…。
「バタン」ってドアが閉まって…。
また、「ひた… ひた…」
「ギィー」
「いない」
「バタン」
そしたら、急に、何も音がしなくなったのね。
女の人の気配が消えたの。
サラリーマンは、次は自分のところだ、って思っていたから…。
ドアが「ガヂャ ガヂャ ガヂャ」ってなるって、そう思っていたの。
なのに、「し~~~~~~ん」と静まり返って…。
物音ひとつ、しないの…。
でも、待ち伏せだと思うから、サラリーマンは出るに出れないのね。
とにかく、油断することなく息を殺し続けたの。
30分くらいは経ったかな?
でも、まだ怖い。
まだ、待ち伏せているかもしれない。
そこからさらに、もう大丈夫だろう、と思うくらいの時間が経って…。
それでも、念のためと考えて、サラリーマンは動かないの。
さらに時間が経過して…。
気が遠くなるほど我慢して…。
それでも、もう少し我慢しようと思って、動かないの。
それを、何回も何回も、繰り返したの。
で、さすがに物音が一切なくなってから、凄く時間が経っていたから…。
さすがにね…。
もう、誰もいないと確信して。
大丈夫だと思ってね。
念には念を入れたしね。
そう。
だから、トイレの中の鍵に、手をかけたの。
外に出ようと思って。
万が一、待ち伏せもあるから。
慎重に、音の出ないように鍵を開けようと思ったの。
そのとき、ふと思って、
自分の後ろの上を見たの。
女が覗いていて…、女と目が合ったの。
◆僕のリアクション
最後のオチを聞いて、僕は、
「お、おおお……」
という声を漏らしたのです。ヘンな声が出ちゃいました。
マドンナたちは、してやったりという顔をしました。
「ね? ちょっと背中がス~ッとしたでしょ」
「怖いよね~」
と言って、2人とも喜んでいました。
◆蛇足①
今、思ったのですが、
マドンナたちは、誰かに話す前の、練習台に僕を選んだのかな。
そんな気がしてきました。
◆蛇足②
僕が「ゾゾゾ!」と、寒気を感じたのは、
【上からず~っと見られていたという現象】に対してではなく、
【上からず~っと見続けていたという白装束の女の、病んだ心】に対して、寒気を憶えたのです。
その心の異常性に、僕はゾッとしたのです。
◆蛇足③
公的なトイレの場合、たいてい上が開いています。
デパートのトイレなどもそうです。
この手のトイレの個室を使用するとき、僕は、3回くらい上を見るという、
そんな変なクセが、しばらく続きました。
◆〆
この記事は、過去記事の書き直しです。
3年前、この話を読んだ妻のゆかりちゃんは、
「ラストが、良くない」と、バッサリ切りました。
袈裟切りです。
たぶん、「マドンナ」とか「可愛い」という表現に反応したのでしょう。
書き直した今回のこの記事に、ゆかりちゃんは、どんな感想を言ってくれるでしょうか。
僕は、ゆかりちゃんが大好きです。
おしまい
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