紫式部日記第20話今とせさせたまふほど、御もののけのねたみののしる声などの

(原文)
今とせさせたまふほど、御もののけのねたみののしる声などのむくつけさよ。
源の蔵人には心誉阿闍梨、兵衛の蔵人には妙尊といふ人、右近の蔵人には法住寺の律師、宮の内侍の局には千算阿闍梨を預けたれば、もののけに引き倒されて、いといとほしかりければ、念覚阿闍梨を召し加へてぞののしる。
阿闍梨の験の薄きにあらず、御もののけのいみじうこはきなりけり。
宰相の君のをき人に叡効を添へたるに、夜一夜ののしり明かして、声も涸れにけり。御もののけ移れと召し出でたる人びとも、みな移らで騒がれけり。

※今とせさせたまふほど:ついにご出産という時。出産の瞬間に戻り改めて記述する。
※源の蔵人:中宮付きの女蔵人。装束や裁縫等の仕事をする下位の女房(※兵衛の蔵人と右近の蔵人も、女蔵人)
※心誉阿闍梨:天台宗の僧侶。道長の信頼が厚い加持の名人。
※妙尊といふ人:調伏担当の験者。延暦寺僧侶。「といふ人」なので紫式部もよく知らない人のようだ。
※法住寺の律師:権律師尋光。左大臣藤原為光の息男。律師は僧都に次ぐ僧位。
※千算阿闍梨:未詳。延暦寺の僧侶説がある。
※念覚阿闍梨:天台宗の僧侶。
※をき人:祈祷により物の怪を招き寄せる験者。
※叡効:天台宗の僧侶。験者。

(舞夢訳)
ついにご出産なさる時のことです。
中宮様から、よりましたにに移された物の怪たちのわめきたてる声のおぞましさは、とんでもないものでした。
源の蔵人には心誉阿闍梨、兵衛の蔵人には妙尊という人、右近の蔵人には法住寺の律師、宮の内侍の局には千算阿闍梨が担当したのですが、阿闍梨がもののけに引き倒されてしまって、かなりお気の毒でしたので、念覚阿闍梨を加勢させて大声で御祈祷しました。
これは、千算阿闍梨様の御力が弱いのではなく、中宮様に取りついていた物の怪の力が、かなり強力だったのです。
宰相の君には祈祷担当者として、叡効をつけましたが、一晩中の大声の御祈祷なので、ついに声もかれてしまいました。
また、物の怪が移るようにと召し集められた女官たちもおりましたけれど、物の怪が全く移らない場合もありまして、かなりお叱りを受けておりました。

中宮彰子の安産を祈願し、凄まじい加持祈祷である。
物の怪がよりまし(下位の女房)に移り、大騒ぎをする場合。
加持祈祷の僧侶も精魂を込め続けるので、中には倒れてしまう場合もあったようだ。
その場合は、他の僧侶に加勢させるのも、凶事を恐れるため。
しかし、全く、よりましが移らない女房もいたらしく、叱られている。

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