二人妻(完)(堤中納言物語から)
男が家に入って来るのを見て、娘のお付きの女が騒ぎ出した。
「姫様・・・婿君が突然ですが、お出でになりました!」
娘も、突然のことに動揺してしまった。
何しろ、部屋の中は、散らかし放題、化粧道具など、どこに埋もれているのか全くわからない。
「どこ!お化粧の道具はいったいどこ!」
お付きの女を叱りとばし、大騒ぎをするけれど、お付きの女にしても、どれほどお片付けをしても、次の朝には、娘が散らかし放題にしてしまうので、探しようがない。
それでも娘は、やっとのことで櫛の箱を探し出し、白粉をつけようと思った。
しかし、どうしたことか、掃墨(はいずみ)の入った畳紙を取り出してしまい、それを自分の顔に塗りたくってしまった。
また、あまりの散らかりようなので、鏡を見つけることも出来ないし、自分の顔の確認など、出来るはずがない。
娘は、本当に焦った。
「婿様、そこで・・しばらくお待ちになって下さい・・こちらには入らないで下さい」
すっかり気が動転してしまいながらも、必死に身づくろいを続ける。
男もあまりにも待たされてしまい、呆れてしまう。
そして、「どうして、これほど待たされるのだろうか、婚儀を行う気持が薄らいでいるのだろうか」と言いながら、結局、簾をかきあげて中に入ってしまった。
娘は、ますます動揺して、大雑把に掃墨(はいずみ)を顔に伸ばし続けた。
そんな作業がようやく終わった。
そして娘本人としては、充分に化粧をしたと思い、婿君を見た。
しかし、男が見ると、娘は掃墨(はいずみ)で真っ黒になった顔で、時分を見て、瞬きをしているのである。
男は、それを見るなり呆れかえってしまった。
どうしてこんな状態なのかも、よくわからない。
「いったい、どうしたらよいのか・・・」と思うけれど、新く妻となる娘の化け物のような顔や、足の踏み場も無い乱雑な部屋の中を見渡すと、恐ろしくて仕方がない。
「わかりました・・・また、いずれしばらくしてから・・・伺うとしましょう・・・」
男は、とても、気味が悪いので、そのまま帰ってしまった。
その直後、娘の両親が、男が来たことを聞きつけ、娘の所へ顔を出した。
「婿君は、どこにいらっしゃいますのか?」
「いえ、すぐにお帰りになりました」お付きの女は顔を下に向けた。
娘の両親は、呆れてしまった。
「ほんとうに情けの無い人だなあ・・こんな素晴らしい娘で家柄も良いのに・・・それにしても・・・もしや・・・」
一抹の不安を覚え、娘の顔を見た。
しかし、娘は、恐ろしい真っ黒な化け物のような顔になっている。
あまりのことに、両親とも、倒れ臥してしまった。
しかし、娘には、帰ってしまった婿君や両親の反応が理解出来ない。
「ねえ・・・どうして、そんな倒れるほど驚くの?」
「いったいその顔は、どうしてそんなに・・・」
両親も言葉にならない。
「おっかしいなあ・・・、どうしてそんなこと言うの?」
娘は不思議に思いながらも、鏡を見つけ、自分の顔を見た。
「わっ!」
娘自らが、あまりの恐ろしさに鏡を投げ捨ててしまった。
「いったいどうしてこんなになっちゃったの?どうして?これ、私?」
娘は大泣きになる。
ついには、家中の者が集まり大騒ぎとなってしまった。
「これは、きっとあの身分の低い古くからの妻の仕業」
「婿君が、お姫様を嫌いになるような呪いを、ずっと行っているのかもしれない、きっとそれに違いない」
「そしてついに、婿君がお見えになった途端、その呪いが効果を出して、姫君のお顔がこんなになったのでしょう」
と、様々に理屈をつけて、ついには呪いを除こうと陰陽師を呼んだりして大騒ぎが続いた。
そうやって大騒ぎをしていると、姫君の顔の涙の流れた跡が、いつもの肌になっている。
少しは冷静な乳母が、白い紙を揉みほぐして姫君の顔を拭き取ると、すっかり普段の肌となったのである。
この話は、世間の評判ともなった。
「姫君が恐ろしいことになった」と、この家の者たちが大騒ぎしたことや、顛末などが、興味を引いたのであろう。
また、上役自身が政変に巻き込まれ、左遷となってしまった。
男は古くからの妻を呼び戻し、再び一緒に暮らすことにした。
男の両親や親戚から、少々不満の声はあったものの、男は仕事に本当に熱心に精励し、古くからの女は懸命に男を支え、男の両親にも尽くした。
女の出自に関する不満は、すぐに消え去ってしまった。
その後、男は仕事の確かさ故、縁戚関係に頼らず、自分の力と古くからの女に支えられ、立派な出世を成し遂げた。
そして、古くからの女と生涯睦まじく暮らしたことが、記録に残っている。
※堤中納言物語「はいずみ」をアレンジしてみました。
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