紫式部日記第19話東面なる人びとは、殿上人にまじりたるやうにて、

(原文)
東面なる人びとは、殿上人にまじりたるやうにて、小中将の君の、左の頭中将に見合せて、あきれたりしさまを、後にぞ人ごと言ひ出でて笑ふ。
化粧などのたゆみなく、なまめかしき人にて、暁に顏づくりしたりけるを、泣き腫れ、涙にところどころ濡れそこなはれて、あさましう、その人となむ見えざりし。
 宰相の君の、顏変はりしたまへるさまなどこそ、いとめづらかにはべりしか。
まして、いかなりけむ。
されど、その際に見し人のありさまの、かたみにおぼえざりしなむ、かしこかりし。

※小中将の君:中宮彰子の女房。出自未詳。
※左の頭中将:正四位下左近衛中将蔵人頭の源頼定。為平親王の息男。

(舞夢訳)
母屋の東面にいる女房達は、殿上人と入り混じっている状態です。
小中将の君が、左の頭中将を顔を見合わせて放心状態になっていた様子は、後から話題となって、全員が笑います。
いつもの彼女は、化粧には手を抜かない上品な女性で、この日も夜明け前にしっかりとお化粧をしたのですが、結局は顔が泣き腫れてしまい、涙でお化粧も所々にはがれてしまいました。
信じられないことではあるけれど、とても、その人とは見えなかったほどでした。
また、宰相の君の顔のお化粧も涙で崩れて、実に珍しいことでした。
ただ、それを言ったら、この私など、どれほど恥ずかしい様子だったのか。
それでも、その時に顔を合わせた人々の様子を、お互いによく覚えていないことが、実にありがたいことなのです。

中宮彰子のご出産の前の緊張で、集団心理に巻き込まれ、涙で化粧が崩れ、化粧に手抜きをしない人まで、誰が誰なのかわからなくなってしまう。
「そこまで化粧をしていたのか?」と思うと、驚くやら、滑稽やらではある。
これも時代と住む社会の違いなのだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?