紫式部日記第55話弁の内侍は璽の御筥

(原文)
弁の内侍は璽の御筥。
紅に葡萄染めの織物の袿、裳、唐衣は、先の同じこと。
いとささやかにをかしげなる人の、つつましげにすこしつつみたるぞ、心苦しう見えける。
扇よりはじめて、好みましたりと見ゆ。
領巾は楝緂。
夢のやうにもごよひのだつほど、よそほひ、むかし天降りけむ少女子の姿もかくやありけむとまでおぼゆ。
 近衛司、いとつきづきしき姿して、御輿のことどもおこなふ、いときらきらし。藤中将、御佩刀など執りて、内侍に伝ふ。

※璽の御筥:三種の神器の八尺瓊勾玉の入った箱。
※楝緂:薄紫と白の段染め。
※もごよひのだつ:うねり歩く。

(舞夢訳)
弁の内侍は、御璽の御筥を運びます。
紅の掻練に葡萄染めの織物の袿、裳と唐衣は左衛門の内侍と同じです。
とにかく小柄で清楚な雰囲気の女性なので、気恥ずかしそうで遠慮がちな振舞い、少し気の毒に見えます。
しかし、扇を始めとして、左衛門の内侍よりは趣向が勝っているように見えます。
領巾は楝緂になっています。
二人の内侍が、まるで夢の世界のようにうねり歩く姿は、その昔に天から降りて来たと言われる天女も、このようであったのかと思われるほどに素晴らしいのです。
近衛府の役人たちは、この行幸にふさわしい装束で、御輿のお世話をしていますが、とにかく立派に見えます。
藤中将は神器の剣などを取り出して内侍に渡しています。

紫式部による実況報告が続く。
内心では違和感を持ちながらも、儀式そのものは当時国内最高ランクのもの。
紫式部としても、その見事さには賞賛を惜しまない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?