紫式部日記第85話住み定まらずなりにたりとも思ひやりつつ、

(原文)
住み定まらずなりにたりとも思ひやりつつ、おとなひ来る人も難うなどしつつ、すべてはかなきことにふれても、あらぬ世に来たる心地ぞ、ここにてしもうちまさり、ものあはれなりける。
ただ、えさらずうち語らひ、すこしも心とめて思ふ、こまやかにものを言ひかよふ、さしあたりておのづから睦び語らふ人ばかりを、すこしもなつかしく思ふぞ、ものはかなきや。


(舞夢訳)
(自宅とか道長様のお屋敷とか内裏など)この私の居場所が定まっていないことを考えてなのか、訪ねて来る人など、ほとんどいない。(こうなってしまうと)どんな些細なことに接しても、(以前とは異なる)違和感ばかりの別の世界にいる感覚が、この慣れ親しんだ自宅にいても増し、何とも気持ちが落ち込んで仕方がなかった。
この状態では、(単に仕事の上の関係だけではあるけれど)、常にわだかまりなく話し合い、少しでも気にかけていると思ったり、親密に会話ができる人たち、当面普通に会話ができる女房仲間だけが、何となく懐かしく思えて来るけれど、そんなことが我ながら情けないことと思う。


博識にして、類まれなる文才を持つ、紫式部も万能ではない。
宮仕えのカルチャーショックが、強くある。
性格が強くなければ、様々な人が行き来する、内裏、中宮御所、道長の屋敷では、生きていけないことも現実。
それを辛いと思わなければ、何とかなる。
しかし、紫式部には、辛いのである。
この辛さを耐えなければ、耐えきらなければ、世間に何と言われるかわからない、その恐怖から来る自制心だけが、彼女を支えている。

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