紫式部日記第104話

(原文)
侍従の宰相の五節局、宮の御前のただ見わたすばかりなり。立蔀の上より、音に聞く簾の端も見ゆ。人のもの言ふ声もほの聞こゆ。
 「かの女御の御かたに、左京の馬といふ人なむ、いと馴れてまじりたる。」
と、宰相中将、昔見知りて語りたまふを、
 「一夜かのかいつくろひにてゐたりし、東なりしなむ左京。」
と、源少将も見知りたりしを、もののよすがありて伝へ聞きたる人びと、
 「をかしうもありけるかな。」
と、言ひつつ、いざ知らず顔にはあらじ、昔心にくだちて見ならしけむ内裏わたりを、かかるさまにてやは出で立つべき。
しのぶと思ふらむを、あらはさむの心にて御前に扇どもあまたさぶらふ中に、蓬莱作りたるをしも選りたる、心ばへあるべし、見知りけむやは。
 

(舞夢訳)
侍従の宰相の舞姫の局(控室)は、中宮様の御座所から、すぐに見えるほどの場所にあります。庭の立蔀の上からは、評判高い簾の端も見えています。人々の話声も少し聞こえてきます。
「例の女御の所で、左京の馬という女房が、実に慣れた様子で皆と一緒に控えておりましたよ」
等と、宰相の中将が、昔は女房と見知った仲らしく覚えていてお話になりますと、
「この前の晩、あの侍従の舞姫の介添係(理髪係)として座っていた女房の中で、東側にいたのが左京です」と聞こえて来るので、言い、源少将も顔を知っていたようです。
それを小耳にはさんだ中宮様の女房達は、「実に面白いわね」と口々に言っては、
「今さら知らんぷりはできませんよ、かつては実に偉そうな顔をしてお勤め慣れた内裏に、なんと理髪係程度の役でその顔を見せられるでしょうか。上手に身を隠しているつもりらしいけれど、こちらから仕掛けて正体を暴き出してあげましょう」となり、御前に沢山ある扇の中から、蓬莱山の絵が描かれたものを選んだのは、何か思惑があるだろうけれど、(左京には)その秘められた意図を理解できなかったことでしょう。

かつては内裏で我が物顔に振舞っていた左京の馬という女房が、侍従の舞姫の介添係(理髪係)程度の役で顔を出したことを嘲笑(苛め)する話になる。

詳しい苛めの方法は次回以降になります。

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