紫式部日記第60話殿、若宮抱きたてまつりたまひて、

(原文)
殿、若宮抱きたてまつりたまひて、御前にゐてたてまつりたまふ。主上、抱き移したてまつらせたまふほど、いささか泣かせたまふ御声、いと若し。弁宰相の君、御佩刀執りて参りたまへり。母屋の中戸より西に殿の上おはする方にぞ、若宮はおはしまさせたまふ。主上、外に出でさせたまひてぞ、宰相の君はこなたに帰りて、
 「いと顕証に、はしたなき心地しつる。」
と、げに面うち赤みてゐたまへる顔、こまかにをかしげなり。衣の色も、人よりけに着はやしたまへり。

(舞夢訳)
殿(道長)が若宮を抱き奉りて、帝の御前にお連れ奉しあげます。
帝の御腕に抱き移しなされる時に、少しお泣きになられるお声が、実に可愛らしい。
弁の宰相の君は、若宮の御佩刀を持ち、仕えています。
そして母屋の中の戸から西側、殿の北の方がおられるほうに。若宮をお連れ申し上げます。

帝が御簾の外に出られなされたので、宰相の君が、こちら側に戻って来ました。
「全員から、かなり注目される場所にいたので、なんとも言えず、恥ずかしくて仕方がありませんでした」
などとぽつりと一言、その実に赤くなった顔が、整い、美しく見えます。
着衣の色のセンスも含めて、他の人より際立った着こなしでありました。

自分の孫が「若宮」となり、「帝に抱かれる」※親王宣下もこの日になされている。(御堂関白記より)、「それも自分の腕から、帝へ」なので、この時こそ、道長の人生の中でも、最高の場面の一つになる。

ただし、紫式部の記述は。実に控え目、端的である。
やはり身分が違えば、住む世界も違う。
おとなしく見ているだけしかできない、何ら、口を挟むことはできないのだから。
結局、コメントは、問題が無い必要最低限でしかできない。
それ以上に、親しい同僚の一言とか、緊張した顔。衣装の評価などの記述のほうが、彼女の本音に近い。

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