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健さん(4)

ひとみに案内されて、健を診察した高橋医師は苦々しい顔。
「まあ、酷い話だねえ」
「よく耐えたよ、よく歩いて帰れたもんだ」

しかし、それでは健の状態がわからない。
ひとみと圭子が同時に高橋医師に声をあげた。
「高橋先生、救急車を呼んだほうが?」

高橋医師は、苦々しい顔のまま。
「あのさ、救急車って、本当に緊急の場合」
「怪我したって、佃大橋からここまで、百メートル以上歩いて来られた」
「健君は、それだけ体力があるってことさ」

高橋医師は、まだ納得できない全員に話を続ける。
「まずね、出血もある、アザもある」
「でもね、すべて急所を外して、相手の攻撃を受けている」
「だから、すべて打撲程度、少々の口内にも裂傷くらいかな」
「痛くて話は出来んだろう、だから黙ってるしかない」
「救急車はいらん」
「そうだな、包帯巻いて四週間から五週間で、治るかな」

その言葉で、全員はようやくホッとする。

高橋医師は続けた。
「それにしても、我慢強いねえ、この健君」
「今時の若いもんじゃないよ」
「相当痛かったと思うよ」

圭子が、高橋医師に質問。
「高橋先生、健君の着替えとか、その前に身体を拭きたいと、大丈夫でしょうか」

高橋医師は、その圭子を手で制した。
「圭子さん、その前にさ、警察に通報したの?」
「おそらく、防犯カメラに映っているはず」
「一番通報するべきは、当事者の圭子さんだからさ」
「犯罪事件だよ、泣き寝入りはよくない」
「健君にも、圭子さんにも、この佃の町にもさ」

圭子は、ハッとした顔。
「あ、ごめんなさい、気が動転していて・・・それを言い忘れて」
「はい、親がすでに、それは・・・はい、父親もすぐにこちらに」

圭子の言葉から約5分後、アパートの玄関にチャイム音。
ひとみがドアを開けると、吉祥亭の経営者で圭子の父親の姿。
そして、その後ろに地元警察官が一人立っている。

圭子も玄関に出てきた。
「もう!父さん!遅いって!」
「それから警察も、どうしてすぐに来られなかったんですか?」

圭子の父が圭子に答えた。
「ああ、警察で防犯カメラの分析もしていてさ」
「その前の圭子が囲まれる様子も、健君の立ち回りもしっかり映っている」

警察官が頭を下げた。
「本当に申し訳ない、すぐ近くで強盗騒ぎがあって、駆け付けられなくて」
「ただ、分析では、チンピラがある程度特定、築地のチンピラだった」
「もう警視庁に手配済み」
「でも、まずは健君を見せて」

そんなことで、六畳間は、ほぼ満員。
医者が少し席を開けると、警察官が負傷者の健の写真を撮り始める。

数枚撮ったところで、健が薄目を開け、もごもごと口が動いた。
「あの・・・警察の方?」
「どうして俺なんかの写真を?」
「俺、何か悪いことしました?」
「喧嘩の仲裁はしましたけれど、一切手を出していません」
「それでも、俺、犯罪者ですか?」
やはり、身体にも口の中にも、痛みがあるらしくて、声も続かない。

警察官は、その健に声をかけた。
「ああ、健君は被害者であって、圭子さんを救った功労者だよ」
「ただ、証拠写真さ、それは法的手続きの一環」
「それは、警察が保証する」

健は、歯を食いしばって、身体を起こした。
高橋医師が「寝ていろ」と言っても、聞かない。
そして部屋の中を見回して、困ったような顔。

「佐藤先生、ひとみお嬢様?あ・・・圭子さんに、吉祥亭のご主人?」
「申し訳ない、こんなむさ苦しい狭いところに」

ただ、痛みが酷いのか、声を出すたびに、顔をゆがめている。
それでも「みっともない、こんな醜態を」と、繰り返す。

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