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長恨歌(9)

夕殿蛍飛思悄然 孤灯挑尽未成眠
遅遅鐘鼓初長夜 耿耿星河欲曙天
鴛鴦瓦冷霜華重 翡翠衾寒誰与共
悠悠生死別経年 魂魄不曾来入夢


夕闇の宮殿に飛び交う蛍を見ていても 寂しさに沈むだけ

消え入りそうな灯火を消えないようにとかき立てるけれど 

灯りは尽きてしまい 眠ろうとしても なかなか寝付けません。

時を告げる鐘太鼓も遅々となる 長さを増しはじめた秋の夜

天の河は白々と冴え渡り そして 全く寝付けないまま 

夜明けの空を迎えます。

おしどり模様の瓦は冷え切り 霜の華は 一面に広がります。

翡翠模様のしとねは 寒く冷たく 共にくるまる人は もうこの世にはおりません。

生きている者とこの世にはいない者 生死ははるかに離れ すでに何年もの寒々とした夜を過ごします。

楊貴妃の魂は 一度たりとも 天子の夢には現れません。


※蛍飛:寂しさ、人気なさを表現する。
※孤灯挑尽:ぽつんと一つだけ灯す灯りを、灯心を明るくならなくなるまで、かきたて続けること。
※悄然:寂しさに沈み込む状態

○源氏物語「桐壷」:桐壷帝が桐壺更衣の死を悼み続ける。
「思しめやりつつ灯火を挑げ尽くして起きおはします。右近の司の宿直奏の声聞こゆる時は、丑になりぬるなるべし」
○源氏物語「幻」:紫の上の死後、哀しさに沈み続ける源氏。
「蛍のいと多う飛びかふも、夕殿に蛍飛んでと、例の、古言にもかかる筋にのみ 口馴れたまへり」
(源氏)
「夜を知る蛍を見ても悲しきは時ぞともなき思ひなりけり」
夜を知り光を放つ蛍を見るにつけ悲しいのは 昼夜の別なく亡きあの人を恋偲ぶ思いの光に焦がれる私なのです。
光源氏自身が、長恨歌の詩句を口ずさみ、玄宗の思いと自分の亡き紫の上への思いを重ねる。

※玄宗皇帝も独り寝の生活を悲しんだ。
 光源氏も紫の上死後は、あまたの妻と共寝することは、ほとんどなかった。

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