拝み屋さん小春バースデーSS

※このエピソードは、12巻が終わった後。
東京での出来事。
あまりネタバレしてないので、12巻未読でも大丈夫かもしれません。

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京都に帰る前に、澪人さんと『王道の東京土産』を買いに行こうという話になった。

そんなわけで、私――櫻井小春は待ち合わせの王道中の王道、『渋谷ハチ公前』で澪人さんを待っている。
ここで待ち合わせをしようと言ったのは、澪人さんだ。
『そや、せっかくやし、待ち合わせも王道にしよ。東京ネタになるし』
と、ちょっと楽しげに言っていた。
ちなみに東京で生まれ育った私だけど、ハチ公前で待ち合わせるのは、これが初めてだ。
王道のように言われているけれど、このネット普及時代。以前ほどハチ公前で待ち合わせる人はいないのでは?と思ったのだけど……、それは違っていた。
ハチ公前には、待ち合わせの人で溢れている。
やはり、王道は王道なのだろう。
私は感心して、ハチ公の近くに立つ。
待ち合わせの時間より、ずいぶん早く着いてしまった。
スマホを手にしたその時、

「――あれ、小春?」
聞いたことのある声に、私は私は少し驚いて顔を上げた。
そこには、中学時代、同じクラスメートだった女子三人が確かめるようにこちらを見ている。
「……あ」
彼女たちは、かつて友達『だった』。
友達として振る舞いながら、私に憎悪の感情を抱いていた人たち。
胸の内で、憎悪を抱くだけなら仕方がないことだろう。
それだけではなく、学校の裏サイトという匿名掲示板で、悪口を書き連ねていたのだ。
心を読まなくても、私の姿を見て面白がっているのが伝わってきて、額に嫌な汗が滲んだ。

「あれぇ、小春って、家から出られなくなって、京都のお祖母ちゃんとこに行ったんじゃなかったっけ?」
「もしかして、里帰り?」
「こうして、普通に外に出られるようになったんだ。良かったじゃん」

少し小馬鹿にするような口調で、近付いてくる。
私は何か言いたいのに、あの時に受けた恐怖が蘇って、足がすくんでしまっていた。
これまで、うんと怖い目に遭ったり、戦ってきたのに、こんなことで気圧されるなんて……。

「まぁ、小春が元気そうで良かった」
「うんうん、心配してたから」
「そういえば、工藤くん、彼女できたって知ってる?」

『工藤くん』とは、中学の時に人気のあった男の子だ。
私は彼から告白めいたものをされて、それを誰か目撃されていた。
今思えば、私への憎悪はあれがきっかけだったのだろう。
そんな工藤くんも、今高校で彼女ができた。
その情報に対して、「そうなんだ」としか思わず、微笑んで相槌をうつ。
特にショックを受けた様子じゃない私を見て、三人は拍子抜けだったのか顔を見合わせ、
「工藤くんさ、今の彼女、ちょっと小春っぽい子なんだよね」
「小春みたいな子が好みなんだろうね」
「それか、小春の代わりにしてるのかもよ?」
と、付け加える。

そう言われて、私は苦笑しかできない。
「うん、でも、もう過ぎたことだから」
その回答は、期待していたものではなかったらしく、へぇ、と洩らす。

「ね、高校行ってないって本当?」
「今、何してるの? 通信とか?」

一応は、心配そうに訊いているが、好奇心しかないのが伝わってくる。
しっかりしなきゃ、と拳を握り締めた。
「今は、京都の高校に行ってるよ」
ゆっくり、強い口調で答えられた。
きっと引きつっているかもしれないけれど、笑顔で言えたつもりだ。
こうしてびくびくしてしまうのは、今も引きずっているから。
私も前を向かなくてはならない。

「あ、そうなんだ」

と、かつての友人たちは、また拍子抜けした様子を見せる。

「……そっか、小春、がんばったんだね」
友人の一人が、ぽつりと洩らした。
その言葉は嬉しく、私は、うん、と頷く。
「私なりにだけど……がんばったよ」
家から出られなくなって、ちゃんと喋られなくなった。
いろんなことがあって、ちゃんと喋られるようになって、こうしていられる。
かつての友人たちを前にこうして話せるまでになったのだ。

「小春ちゃん、お待たせしてしもて」
と、澪人の声がして、私は顔を向けた。
彼は黒いジャケットにジーンズにグレーのシャツという、いつものシンプルな出で立ちだ。
他の者を圧倒するその美貌に雅な雰囲気は、いつもの彼であるというのに、周囲の人が思わず二度見するほどに目立っていた。
周囲で、口に手を当てて見惚れている女性の姿も見える。

「わっ、素敵」
「だれ、芸能人?」
「撮影かな」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。

「え、もしかして、彼氏?」
呆然と問う元クラスメートに、
「そ、そうなの。それじゃあ、また」
と会釈をして、澪人の元に向かった。
三人は目と口を大きく開いて澪人を見てる。

「え、ほんとに彼氏なの?」
「信じられない」

そんな囁き声が背中に届く。
無理もない。
こんな人を前にして、誰も私の彼氏だとは思わないだろう。
私が人知れず肩をすくめていると、足首にふわっとした毛皮のようなものが絡まった。
「わっ」
思わず、つまずきそうになった時、
「小春ちゃん」
と、彼がすぐに私を抱き留める。
「す、すみません。何か、毛皮みたいなのが足に」
足元を見ても、何もない。
なんだったのだろう?
と、小首を傾げていると、澪人が、ふっ、と頬を緩ませた。
「小春ちゃん、あかん」
「えっ?」
「靴紐が緩んでるし」
視線を落として確認しようとした時には、彼は既に片膝をついていて、私の靴紐を結んでいた。

きゃああ、と悲鳴のような黄色い声が上がり、何かあったんやろか、澪人は少し不思議そうにしながら立ち上がる。

「ほな、行こか」
そして、私の前に手を差し伸べた。
綺麗な長い指の、大きな手だ。
「はい」
私は頷いて、その手を取る。

「小春っ」
背後で声がして、私は振り返った
かつての友人たちが、呼びかけたものだ。
彼女たちから、
『思えば、小春はいつも、人一倍がんばってたんだよ』
『それなのに、結果だけを見て妬んでしまっていた』
『やっぱり一生懸命がんばっていると、良いことってあるんだね』
そんな想いが伝わってきた。

「小春、京都でも元気で」
「素敵な彼氏、羨ましい」
「またね」

彼女たちはそう言って、手を振っていた。
その少し前で、コウメが得意げに親指を立てている。
あの毛皮の正体はコウメの仕業だったようだ。

私は目頭が熱くなるのを感じながら、
「ありがとう、またね」
と、大きく手を振った。

澪人がつないだ手に力をこめて、私を見下ろす。
「大丈夫なん?」
「大丈夫です。行きましょう」
と、私たちは歩き出した。
「『王道の東京土産』って、何がええんやろ。ひよこ饅頭やろか」
「澪人さん、ひよこ饅頭は福岡の銘菓なんですよ?」
「そうやったん? 東京に出張にいった仲間たちが、みんな土産に買ってくるさかい、てっきり東京のもんやて思てた」
「澪人さん、ひよこ饅頭、好きなんですか?」
「そやね。そやけど、可愛らしくて食べるのが気が引けるし。けど、食べるんやけど」
分かります、と私は笑う。

それは、ひとつ過去を清算した
清々しい夏の午後。

〜Fin〜

※こちらのエピソード
本当は12巻に載せることも考えたのですが、物語の流れ上、掲載をやめました。
ここに載せましたが、今後加筆修正したうえで書籍に掲載することもあると思います。
先読みということで、よろしくお願いします。
ご愛読ありがとうございました。



しかし、彼女の靴紐を結ぶって
清貴もやっていたような🤔

清貴「京男子の嗜みですね」
澪人「そうやね」
宗次朗「いや、違うだろ」
清貴「そしてあれですよね?
ひよこ饅頭の『可愛くて食べられないけど、結局は食べる』というのは、小春さんとのコトの暗喩ですよね?」
宗次朗「なっ!?そうなのか!?」
澪人「そないなつもり、あらへんかったんやけど……」
宗次朗「けど、なんだよ!?
なんで顔赤くしてるんだよ!?」
澪人「…………」
清貴「まあまあ、宗次朗さん笑」
澪人「あの、清貴さん」
清貴「なんでしょう?」
澪人「今度、相談に乗ってもろてもよろしい?」
清貴「ええ、いつでも」
宗次朗「って、なんの相談だよ!ここにいるお兄たまを差し置いて!いやらしいことか!?」
澪人「そんなんちゃいます」
清貴「あれ、違ったんですか?
そうじゃないなら、あまり興味ないですねぇ」
澪人「……清貴さん」

おしまい

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