トンネル


あれは確か大学3年の春。

ちょうど2年くらい前の話。

私はいつも通りバイト先であるマクドナルドでデリバリーをしていた。



「マックにデリバリーなんてあるん?誰が注文するの?」

なんてよく聞かれるがこれが本当にびっくりなことに、たくさんの人が冷めたハンバーガーを家まで運んでもらおうとする。

なんせまだこの時はウーバーイーツーが世に広まっていない時代。

マックのデリバリーはかなりの需要があった。



この日も私がINすると注文がパンパンにはいっていて、一件でも入れ忘れ等のミスがあると時間内に配達できなくなってしまうような状態。

「うわ〜今日もしんどそうだな〜」

と私は萎えていた。



しかしこの状況を楽しんでいる人物が一人。

マネージャーの勝瀬(かつせ)さんだ。


この人は当時大学4年生だったがマクドナルドだけで年間200万円以上稼いでおり、売上を伸ばすことだけを考えて生きているほぼ社員のようなマネージャーだった。


勝瀬さんはたくさんの注文が書かれているパソコンを見て

「田丸!今日は売れるぞぉ!!」

と嬉しそうに私に言ってきた。

売れたからなんなんだという本心はグッと抑え、私は勝瀬さんに

「確かにすごいですね〜」

と後輩らしい相槌を打ち、一件目のデリバリーの準備へと向かった。


ちなみに私はバイト先では田丸と苗字で呼ばれている。

マイムと呼んでくるのは勝瀬さんの彼女のマネージャー佐藤さんだけだ。


こうして私は勝瀬さんの指示のもと商品を運んでいたのだが、あるお家に向かう途中、いつも通れていた道が工事中となっており大きく迂回しなければならなくなってしまった。

この道はかなり使用頻度の高い道で、ここが封鎖されると全ての計算が狂うそんな要の道。

「どうにか通れないですか?笑」

と警備員さんに頼んでみたが

「ちょっとごめんなさい笑」

と笑顔で返された。


とりあえず行きは迂回するしかなかったので遠回りしてお届け先まで向かい、商品を渡して帰路についた。


しかしあそこの道が使えないとなると困ったもんだ。

なんせまだオーダーはたくさん残っている。


売上至上主義の勝瀬さんも

「なんでこんな帰ってくるの遅いんだあ!!」

と声を荒げるに違いない。



どうしよう…




早く帰らなきゃいけないのに…




あれ?



そういえば



あの道の近くに小さなトンネルあったよな?



あそこ通れれば…





イケる!!



これが悲劇の始まりだった。



しかし私はこの時

「さすが5年も働いてるとそんな道も知ってるのね」

と自分に惚れ惚れしていた。


そのトンネルというのは工事中の道から20mくらい横に位置する小さなトンネルで、確かにここが使えれば時間がかなり短縮される。

ただかなり小さかった気がしていた。

実際にこのトンネルを通ったことはないが本当ギリギリ通れるかくらいだろう。

しかし何事もやっていないとわからない。

田丸隊員はそのトンネルへと向かい、その小さな洞穴と対面した。



ギリいけるなあ



大学生というのは本当に恐ろしい。

もはやノリだ。


私はバイクを手で押しながらそのトンネルへ歩を進めた。


一歩…


二歩…



やっぱりイケる!


私は自分に感動していた。

こういうピンチで新たな発見をするなんて天才なのかもしれない。

帰ったら勝瀬さんに

「見つけましたよ」

と済ました顔で言おう。

勝瀬さんも

「さすが田丸!ほかのデリバリーのやつにも伝えておくわ!」

と褒められるにちがいな



ガリガリッ



嫌な音がした。


いやまさか


もう一歩


ガリガリガリッ


空耳じゃない。

確実にバイクの屋根がトンネルにぶち当たっている。


違うそんなはずがないんだ

この道は通れるんだ!


通れないから天井が当たっている。


ここで気づいたのだがこのトンネルはドラえもんのガリバートンネルのように私がバイクで入った入り口から出口にかけてどんどんと小さくなっていた。

画像1


しかしまだイケるはずだ

ここは勢いで外まで出てしまおう


と田丸隊員はまさかのアクセルを握りバイクの前進試みた。


グウィーンッッツ


大ウィーリー。

天井を支点に前輪が私の顔近くまで上がっていた。



最悪だ


こんなはずじゃなかったのに


仕方ない戻ろう



とバイクを後ろへ押してみた。


うんともすんとも言わない。



???


いやまじやばいって


ふんぬっっつ!!!



うんともすんとも言わない。


完全にハマってしまったのだ。


人間は本当にパニックになるとこれは夢だと本当に思い出す。

だって面白すぎるよこの画。


小さなトンネルにバイクをハメて立ち尽くす大学生。


後ろでこのトンネルを通りたそうにしているおばあさんが

「あらあどうしたのこれ?」

と声かけてきた。

「いやバイクで通ろうとしたらハマっちゃって笑」

笑 じゃない。

全然笑えないこの状況。


前からおじさんもきた。

「なにやってんだ!こんな道人がかがんでやっとだぞ!」


そうなのよ。なんでいけるとおもったのよ田丸くん。

急がば回れ

もうこれ座右の銘ね。


その後も10分くらい脱出を試みたがバイクは

「ここが日陰で気持ちいいよ」

といわんばかりに微動だにしなかった。


もうこれは助けを呼ぶしかない。

ポーチの中からデリバリー用のケータイを取り出し店舗へ電話した。


「はいはいどうした〜」


最悪だ。よりによって店長が出た。

でもここは素直に言うしかない。


「あ、田丸なんですけど実は帰って来る途中バイクをトンネルにハメてしまいまして」

「は?」


当たり前だ。

「バイクをトンネルにハメた」

店長も金輪際こんな言葉聞かないだろう。


「いつも通ってる道が工事中で通れなくて、それでその近くにトンネルがあったんで通ってみようと思ったんですけどそこのトンネルが思いのほか小さくて」

「はあ」

「ちょっと勝瀬さんに代わってもらえますか?多分勝瀬さんならわかると思うんで」

「わかった代わるわ。勝瀬〜」


電話の奥では

「なんか田丸がトンネルにハマったらしくて」

「は?」

と先ほどの店長と同じリアクションをしている勝瀬さんの声が聞こえた。


「もしもし俺だけど、えどゆこと?」

「あの〜多分説明してもわかんないと思うんで現場まできてもらってもいいですか。本当にごめんなさい」

「わかったどこなの?」

「あのいつも◯◯方面向かう時に使うあそこの道あるじゃないですか」

「あ!あそこの近くのあのトンネル?お前なにやってんだよ笑」

「ほんとすいません。でも助けてください僕今すごい焦ってます」

「わかった今バイクで行くわ」


勝瀬さんは本当に頼りになる男だ。

場所を説明しただけで全て理解してくれた。

こんだけ頼りになるんだったらもう今後は「勝瀬」さんではなく「勝頼」さんでもいいかもしれない。

ほぼ漢字一緒だし。


とパニックなったあとのもうどうでもいいや状態で本当にどうでもいいことを考えてるとバイクに乗った勝瀬さんが現れた。


「うわこれはすごいな」

「はい本当にごめんなさい」

「大丈夫とりあえず前に押してみるか」


絶対に怒られると思っていた私は勝瀬さんのこの優しい言葉に本当に涙流しそうになった。

これができる上司なのだろう。

日本マクドナルドの命運はこの男が握ってるかもしれない。


とまたどうでもいいことを考えながら二人でバイクを押してみたがやはりうんとすんともいわない。


「全然動かないな。後ろに押してみるか」

「はい!」


やはりうんともすんともいわない。


現実に戻された。

このバイクがここから出なければマクドナルドの命運もクソもない。

店長から、いやその上の社員からもブチギレられるだろう。

自分と勝瀬さんの未来は真っ暗。

まさにこのトンネルの中のようだった。


でもそうわさせないと勝瀬さんは色々と思案して策を講じた。

押し方を変えたり、バイクを斜めにしてみたり。

しかしバイクは

「だから〜もう俺はここから出ないんだって」

とドンとトンネルの中央に居座った。

だんだんこのバイクに腹が立ってきた。


今までたくさん自分と旅(お届け)してきたじゃないか

時には冷たい雪の降る中

時には40度近くの真夏の太陽浴びる中

それなのにお前はここがいいなんて…


良いように言っているが悪いのは全部自分だ。

ハメたんだから。


「もうダメだぁ…俺の人生終わりだ…」


本当にそう思った。

大学もやめないといけない。

芸人なんてもっとやってられない。

しかし勝瀬さんは


「大丈夫だって笑 こんなんで終わらないから笑」


とまた優しい言葉をかけてくれた。

こんな状況でも勝瀬さんはかっこいい。

マック食いすぎて大学4年間で体重20キロ以上増えていたけどかっこいい。

マックしかやってなかったから大学の友達2人しかいなかったけど本当にかっこいい。

そんな勝瀬さんが突然


「エンジンかけてアクセルかけてみるか」


と恐ろしい提案をしてきた。


「絶対やめたほうがいいですよ!さっきそれでこれ完璧にハマったんで」

「なんか人の力じゃ限界あると思う」

「でももっとハマっちゃうかもしれないですよ?」

「いやもう十分ハマってるし一か八かやってみよう」


確かにもう限界くらいまでハマっている。

最終手段に出てもいいかもしれない。

勝瀬さんはエンジンを入れハンドルをゆっくり回した。


グウィーンッッツ


先ほどと同じように前輪が上に上がった。

やっぱり無理か。


しかし勝瀬さんはここで前輪側にある足置きの部分を思いっきり蹴飛ばした。


ガンッ


すると先ほどまでビクともしなかったバイクが少し前進した。


「おい田丸!なんかいけそうだぞ!」

「確かに今前進しました!いけます!」


ほぼ下町ロケットのテンションで私と勝瀬さんはバイクと戦った。

バイクの前輪は以前顔くらいまでの高さまで上がっている。

しかし私たちが見つけたこの作戦。

もう一度アクセルを握りウィーリーしたバイクに勝瀬さんが蹴りを入れる。


ガンガンッツ


確実に進んでいる。

ゴールはもう目の前。

そして三度勝瀬さんが蹴りを入れると


ガンガンガンガッ ブーーーン


「やったあぁぁぁああああ!!!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!」


ただトンネルを出ただけなのに。

それだけなのに私たちはライバル社のバルブシステムに勝利したときぐらいのテンションで雄叫びをあげた。


「勝瀬さん本当にありがとうございます涙」

「いや本当によかったなあ。なんかトンネルも出口側は少し大きめになってたぽいし」


確かにこのトンネルはガリバートンネルではあったのだが完全にガリバーではなく真ん中側から出口にかけては少し大きくなっていた。

しかしそれでも小さいことには変わりない。

勝瀬さんの力がなければバイクはまだあのトンネルの中だろう。

本当に助かったと思いながら勝瀬さんとともに店に帰った。


店長も全然怒っておらず、むしろ大丈夫だったかと心配してくれた。

周りのクルーも何かがあったことは知っていたらしく私が帰ってくると

「何があったの?大丈夫だった?」

と声をかけてくれた。

するとその横にいた勝瀬さんが


「いやこいつがさあそこの道のトンネルにバイクごとはまってさ笑」

「え?あそこ?なんでそんなとこ」

「しかもすごい不安そうな顔してどうしよってなってて笑」

「えー何それめっちゃウケる笑笑」

「もう本当トンネルハマるなんて考えられないよ笑」


さっきまでの優しい勝瀬さんは何処へやら。

大学生エピソードトークモード突入。

勝瀬さんは休憩中のクルールームでもこの話をして大盛り上がりしていた。


「店長からハマったって聞いてさ、最初意味わかんなくて」

「んで現場行ったみたら田丸が泣きそうな顔で『ごめんなさい』って笑」

「あんな顔した田丸初めてみたよ笑笑」


最近入ったばかりの新人クルーも、僕と年が近い女性のクルーたちもみんな田丸がトンネルにハマった話で笑っていた。


こうして全員が私がトンネルにハマったことを知り、ここから数ヶ月の「田丸舞武」ではなく「ハマる舞武」としてクルーにいじられ続けるのは全て勝瀬さんのせいである。


でももし出られてなかったら…と思うとこのくらい芸人としてはありがたい話だ。



もう絶対あの道は通らないけどね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?