見出し画像

自分というひと12

嬉しくて泣いてしまうような経験がしたい、とずっと思っている。

「嬉し泣き」というのは貴重な経験だ。大抵が悲しかったり悔しかったり。嬉しくて泣くというのは最高のご褒美だ。

真夜中、東京の街に耳をすますと不思議な気持ちになる。

現実と非現実との境目はここに、この場所、この時間にあるんじゃないかと思う。

社会人になって約10年。現実はたくさん見て経験してきた。

でも、まだ何かに期待している。「嬉し泣き」できるような何かを、その対象を社会との繋がりで経験できるのではないかと密かに期待している、いや、希望を持っっている気がする。

小さい時になりたかったのは?

今なりたいのは?

ヴィジョンが見えるなら、なっている自分がイメージできるなら叶うって言ってた。全力でぶつかって嬉し泣きをする自分をイメージする。

焦るな、焦るな。でも時間は進んでるから、進め、進め、私の日常。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?