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ベタだが幸せとは何かについて

この世に幸せはすでに沢山散りばめられていて、いくつ見つけられるかで幸せだと感じることができるんだ。

当たり前のことを幸せだと感じて、その対価をお金で払わないと幸せが溢れすぎて申し訳なくておかしくなってしまうというCocco演じるリップヴァンウィンクル。

風邪をひいたら鼻が詰まって、息がしづらくなって息をしていたことに気付く。昔よく聴いていたBUMP OF CHICKENが歌っていたような。味を感じなくなった時、味覚があったことに気付く。そんな当たり前を、当たり前にして幸せに気づかず過ごしている。

人は欲張りだから、見えないものはカウントに入らず幸せを見落としてくようだ。愛とか信頼とかそういうのも目に見えないけど大事なもの。見えない、気づかないことに幸せが隠れている。

両親や大事な人が生きている。「今」は当たり前。「朝」も当たり前に「いってらっしゃい」をして。1つ1つが幸せ。

意識した瞬間に壊れそうだと感じるのはなんでだろう。怖くなる。東日本の震災からどれくらい経っただろう。あの時、私は東京にいた。家族は実家「福島」にいた。連絡が取れずに、あの恐ろしい映像だけが流れ続けた。映像を見つめながら何度も何度も電話し続けた。充電がなくなるまで電話するしかできなかった。置いて行かないで。私も福島にいればよかったと、そう思った。

結局、私の家族は無事だった。今は神奈川に住んでいる。でも、2度とあんな思いはしたくない。だから思ったことは今日伝えようと決めた。後悔しないようにしようと思った。もしかしたら私が明日、いないかもしれないから。好きな人には好きと伝えよう、やりたいことはできるだけやろう、思ったことはすぐ伝えておこう。

それができる「今」は病気でもなんでも、この瞬間も元気で居られるんだからいい。落ちる日もあるし、どうしてもやすみたい日もある。でも、そんな日があってもいいや。一生懸命に生きてさえいれればそれでいい。

サンキュー神様、サンキュー自分!



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