見出し画像

「仕事はシンクロナイズドスイミングだよ」

新卒で入社した会社は、いま思うととっても教育熱心だった。

教育の会社だからというのもあるかもしれない。仕事をする上で大事にしていることのいくつかは、最初の1〜2年に教えてもらったことだ。

涙なしには読めない「ワタキロ」

新入社員は毎日の終わりに「私の記録」、通称「ワタキロ」を書く。B5、1枚のフォーマット。それは新人じゃなくても書いていいものなのだが、毎日書くのは新人くらいだ。そして当時はなぜか「手書き、しかもボールペンで書く」ルールだった。B5サイズの決められたスペース。余らせても怒られるし、はみ出ても怒られる。頭の中で構成を整理しながら、毎日決まった分量で、文章を簡潔にまとめる訓練でもあったのだろう。(書きながら、文字のサイズや字間も調整していたのはわたしだけはないはず)当時のわたしはなるべく勢いで、10分くらいで書いてた。日によっては涙をこらえながら……

そのワタキロに、OJT、チームリーダー、課長、部門人事、副部長、部長…という錚々たるメンバーが回覧してコメントを入れてくれる。1年目のときのワタキロはいまでもとってある。もちろん涙なしには読めない。(5〜6年目のころ月に1回提出していたワタキロはさらに悲壮感が漂っていて、いま読み返すと本気で泣いてしまう)

書きこまれた上司たちのコメントがまた正しくて厳しくて、いまの自分が読むと「いや、ちょっと厳しすぎませんか???みんなでそんな正論ばっかり言わなくても!!」と感謝しつつも少しだけ笑ってツッコミを入れる。それくらい、人を育てるのに真剣な会社だったんだと、いまは冷静に振り返ることができるようになった。当時は120%真に受けていたけど。もちろん、大事なことばかりだけど。

いまでも思い出す指摘やアドバイス、セリフごとパッと思い出せるものが5〜6個はある(もっとあるかな)。急に思い立って、その一つをここに書いてみようと思う。

辛くなったとき、自分で自分で呪いをとく

あれはなんの仕事だったかな。ウェブゲームを作るときだったかもしれない。入社2年目。ウェブの仕事は初めて。企画も通らず、仕様もよくわからず、でも公開日だけは決まっている。リミットがあるのに全然進まずどんどん追い込まれていた。目の前の企画が進んでないのに、再来月のゲーム担当も自分。ウェブゲームだけじゃない。ほかにも作るものはたくさんあって、そのすべてが追い込まれていた。

チームリーダーは、愛のある厳しい人だった。愛があるのはわかってたけど、仕事の進め方や段取りを徹底的に叩きこまれていた(と思う)。だからうまくいっていない仕事の進捗を報告するのはとてもとても怖かったのだ。「段取りよく、適切なステップを踏んでこそいいものを作ることができる」そう教わったし、自分自身そう強く思っていた。

でも本当に苦しかったそのとき、愛のある厳しいリーダーは、「落ち着いて、いま抱えているもの全部、紙に書き出そう」といって、コピー用紙に大胆に、大きな字で一つひとつ書きなぐった。

小さな文字で管理するのではなく、大きめの字で書かれたタスク。わたしの震えるか細い声を聞き取りながらリーダーが書き殴ったその文字を見ていると、なぜか不安が軽くなっていった。(それ以来、自分がパツパツだと思ったら、深呼吸して大きめの字で書き出すようにしている)

タスクを書き出したあとで、優しく言ってくれた。

「大丈夫、大丈夫。仕事はシンクロナイズドスイミングだと思うといいよ。お客さん(子ども)にはキレイなものを見せて楽しんでもらうけど、水の中でどんなにもがいててもOK。水の中でもがいている姿は、子どもたちには関係がない。だから、最終的にいい教材が届けられれば、プロセスがかっこ悪くてもいいんだよ」

そりゃあ、プロセスがスムーズであることに越したことはないし、いい企画やいいサービスをつくるために、適切なステップを踏んでいることはめちゃくちゃ大事である。だけど、何回かに1回は、(いや、ほぼ毎回かも)そんなにうまくいかないこともある。

上記のことばは、きっとプロセスに向き合っていることを認めてくれたからこそ、かけてくれたんだといまなら思う。プロセスを大事にして、それでもうまくいかないとき、大事なのは「届けたい人にいいものを届けること」だと思い出せるよう、自分で自分の呪縛をとくおまじないのことば。

そのあと、自分が後輩にもこのことばを伝えたことがあるような、ないような。

いまは、自分で自分に声をかけるようにしている。プロセス、社内の目線、そんなものが気になり出したときは、「シンクロ、シンクロ」そう呟きながらタスクを大きな文字で書き出す。

こうして10年以上経ったいまも支えてくれることばがあって、恵まれている。わたしも優しいことばで誰かの呪いをといていける、そういう仕事がしたい。