『ミスティックキラードール』第2話

息を切らす泡。ゴシゴシという音が響く。
『魔術』
『魔力という未知の力を用いて、超常に近い現象を起こす技術』
『社会から隔離・隠蔽されながらも』
『現代にも脈々と受け継がれていた』
『それらを用いた文明社会には裁けぬ罪を』
『必殺の刑を以って裁く者たちがいる。』
『これは魔術師専門の殺し屋の物語!!』
タイトル『ミスティック・キラー・ドールズ』

銭湯の風呂場をデッキブラシで磨く泡。
泡「この汚れ全然落ちないんだけどォ!!」

風呂場の入り口の扉が開き、Tシャツ短パン姿のボサボサ髪の男が入ってくる。
男「泡、もういいかな、もうお湯溜めちゃいたいんだけど。」
泡「ちょっと待ってろロゼ!ここの汚れが気になる!」
ため息をつくロゼ。
ロゼ「わかったよ」
ロゼ「水(ヴィーシュ)、渦(ボルカ)」
ロゼの右手がほのかに光ると、空気中から水が集まり、渦を作る。
それが泡が磨いていた汚れを弾き飛ばした。
泡「けーっ!魔術なんかで楽しやがって!そんなもんなくても綺麗になったつーの!」
ロゼ「はいはい、今日は人手が少ないんだ。君が起こした火事の後処理でね。だから、開店の準備を急いでくれ。」
泡「俺が起こしたんじゃねぇっての。火ぃ出す奴がいたんだよ」

『鶯湯』
『明治時代に開業した由緒正しき街銭湯。平日からの朝風呂営業。週ごとに変わる薬湯。流行りのサウナも完備しており、ご近所さんから銭湯愛好家まで幅広く愛される憩いの場である。』
『しかし、不況の煽りを受け、5年前に惜しまれながら閉店した。』
『その跡地を銭湯好きの外国人が買い取り、リノベーションして昨年営業を再開した。』
『というのが設定(表の顔)である』

『本来の姿は』
『魔術学團直属 秘匿守護隊(オブスキュラス)日本支部本拠地だった。』

【泡(あぶく)秘匿守護隊 戦闘員 非魔術師】
【ロゼ・レメディウス・エルフォード 秘匿守護隊 支部長 魔術師】

番台に座る泡。
『秘匿守護隊とは』
『魔術の総本山 魔術学團直属の私設部隊。魔術の秘匿を在り方とした学團に背き、非魔術師を糧とすることを選んだ魔術師達を狩ることを生業とした。魔術師専門の殺し屋集団である。』
泡「おっちゃん!ほれ!サウナの鍵忘れてんぞ!」
おじさん「おお、すまんね」

泡「にしても、表の顔が銭湯って…俗っぽすぎねぇ?」
手元にあるチョコバーの包み紙を破る泡。
ロゼ「いいんだよ。それくらいの方が非魔術師の世界に溶け込めるだろ。人も出入りするから魔術の痕跡も見つけやすいし。あと僕お風呂好きだし。」
泡「最後のが本音だよな?」
ロゼ「まぁねー。」
頬杖をつきながらため息をつく泡。
ロゼ「なんだい機嫌が悪いねぇ。」

番台の横、ロビーにあるテレビ、昨日のタワービルの会議室からの火災のニュースが流れている。
原因はガス爆発とのこと。
テレビをみている客たちが怖いねーと話している。

ロゼ「君のご家族を殺した魔術師は恐ろしく狡猾で強い魔術師だ。」
ロゼ「間違ってもあんな目立つ場所で痕跡バレバレな防衛魔術を垂れ流しながら集まるような奴らじゃないっていうのは突入前に言っただろう。」
泡「わかってるっての。父親みてぇな言い方すんな気色悪い。」
がんとショックを受けるロゼ。
泡「にしてもよ。俺がここに来てもう8年だぜ?100人近い魔術師を殺してきたが足跡すら見えやしねぇ。流石にダレるぜ。」
ロゼ「何せ痕跡が少ない。君の家に踏み込んだ時には魔術の痕跡どころか指紋や監視カメラの映像まであらゆる証拠が完全に消されていたからね。唯一残っていたのは…」
そこでロゼが言葉を切る。
泡「母さん、父ちゃん、ねーちゃんと愛犬の死体。それも死体は一つだけ。バラバラに千切られて殺されたみんなはツギハギにつなぎ合わされて一つにされていた。」
申し訳なさそうな顔をするロゼ。
泡「変なところで気を使うなよ。あんたは俺の雇い主で俺はただの殺し屋なんだからよ。」
何か言おうとしたロゼを遮るように
緊急ニュースが入る。
『渋谷の交差点で急に女性の体が発火する事件が起こりました。周囲に不審な物や人はなく、原因を探っております。』
テレビには救急車やごった返す人の様子が映っている。

ロゼ「これは…」
泡「不審火…魔術師か?」
ロゼ「十中八九。探知してみよう。」
ロゼが番台の下から大きなスクロールを取り出す。

泡「オーケー。俺は渋谷に向かっとくからわかったら教えてくれ。」
ロゼ「はいよ。」
泡、外に飛び出すと、壁を跳ね、器用に高いマンションの上に躍り出る。
遠くにかすかに渋谷の建物が見える。
泡「ひひ、普通に走れば30分ってとこだが」
泡「直線なら半分くらいか…?」
建物から飛び降りると隣の建物に衝撃を殺しながら着地するそのままパルクールよろしく器用に建物の上を駆けていく。

ロゼ側。
ロゼ「おじいちゃんたちちょっとごめんよ」
休憩室の大きな机の上にスクロールを広げる。そこには何も書かれていない。
ロゼ『示(シアル)座標35.658517×139.70133399999997 名称“渋谷” 。範囲指定、座標軸より2キロメートル』
ロゼがスクロールに指をかざしながら唱えるとスクロール上に渋谷の立体地図が現れた。
ロゼ『探(サリア)火の魔術師、その魔術の痕跡』
指を動かしながら唱えると、地図上の宮益坂の入り口あたりに赤い炎のようなものが現れた。そしてそこから足跡のように炎の跡が伸びる。
痕跡がとあるビルの屋上で止まる。

ロゼのポケットでスマホが震える。
通話ボタンを押すと相手は泡。息を切らしている。
泡「オラ、着いたぞ!犯人見つけたかよ!」
ロゼ「グットタイミングだよ泡。ヒカリエの横の5階建てのビルの上、火事の様子を見てる人間が居るはずだ。そいつが今回の犯人だよ。すぐ向かえるかい?」
泡「おうよ!見えたぜ!ちょっと飛び降りればすぐだな。」
ロゼ「?飛び降り…?ちょっと君今どこに…」
言いかけたところで電話が切れた。
ため息をつくロゼ。

泡、ヒカリエ(46階)の屋上に立っている。ビルの縁にワイヤー付きのフックを引っ掛けると周囲の人間の目に止まらない動きで、空中に身を投げ出した。
ほぼ垂直に落下する泡。建物まで十数メートルと迫ったところで、ワイヤーが伸縮しバンジージャンプのようになる。跳ね上がったところで泡がワイヤーを切り離しくるくる回転しビルの上に着地する。
突然の物音にビルの上にいた女が振り返る。
服についた埃を払いながら泡が立ち上がる。
泡「よう、魔術師。あんたがアレの犯人かい?」
女「…何を言っているの?私はここから火事の様子を見てただけ」
ため息をつきながらやれやれと言った仕草の泡。
泡「そうかい。じゃああんたから漏れてるそのくっさいくっさい魔術の痕跡はなんだい?」
女が舌打ちをして冷酷な表情へと変わる。
女「何?貴方、追手?無駄なお芝居させないでよ」
蔑むように笑う泡。
泡「まぁ俺には魔術の痕跡とか見えないんだけどな?こんな雑なやり口に引っかかるとか。あんた、さては頭悪いだろ。」
女が明らかにイラついた顔をする。
泡「まぁ追手ってのはそうだよ。正解だ。おめでとう。正確には殺し屋だけど」
泡がナイフを抜く。
女が歪んだ笑みを浮かべる。
女「あなたが何者か知らないけど、そんなおもちゃでどうするつもりなのかしら?」
女が正面に手をかざす。
女「どうせあなたも学團の生徒か何かでしょう?お生憎様ね。そんなの何人も何人も灰にしてきたのよ。」
女の周囲に無数の火の玉が浮かび上がる。
女「私は火の魔術師【デットハウス】①(マルイチ)様の一番弟子よ。残念だったわね。」
完全に臨戦体制となった女。
泡「……誰それ?ごめん、俺、真人間だから魔術師の事情知らないわ。」
女が手を振るうと、火の玉数個が泡目掛けて高速で飛ぶ。泡の周囲が火と煙に包まれる。
笑いだす女。
女「あなた、魔術師ですらないの?何それ!?そんなのただの餌じゃない!何しに来たかと思ったら、わざわざ私の魔術を強化するために出てきてくれたのね。ありがとう殺し屋さん!!」
火の玉全てが泡の立っていた所へと飛び込む。
女「つまらない」
と女がため息をついた直後。

泡「ガタガタうるせえんだよ。」
女の背後に無傷の泡がナイフを振りかぶる。
振り返ろうとした女の右腕が切り裂かれ宙に舞う。
女の悲鳴が上がると同時に左手も切られて血飛沫が上がる。
女がその場に倒れ込む。痛みと困惑で表情を歪めながら、呼吸を荒げる。その首筋に泡がナイフを突きつける。
女が泡の顔を見る。同時に女が「ひっ」と短い悲鳴をあげる。
泡「魔術師以外の人間が餌とかよ。お前らのそういう発想、反吐が出んだよ。」
泡が先程まで見せることがなかった。怒りに満ちた表情で言った。
泡「あんたみたいな三下どうせ何も知らないだろ。聞くまでもねぇや。死んでくれ。」
女の目に涙が滲む。
血飛沫が上がり女が絶命する。

鶯湯の入り口。
オロオロと所在なさげに歩き回るロゼ。
戸が開き、無傷の泡が現れた。帰宅した泡。

ロゼ「泡~~~~!!心配したよ大丈夫だったかい!!?」
泡、不機嫌そうに駆け寄って触れようとしたロゼの手を払う。
泡「はっ!あの程度のやつ相手に心配されるこたぁねぇよ。」
ロゼ「そっちじゃなくて。飛び降りるって言ってたから。戦闘に関しては誰よりも君のことを信頼してるからね。」
泡「ああ、たったの40階程度のバンジーだ。ワイヤーもあるし問題ねぇよ。」
ロゼ(なんで生きてんだろこの子…)
泡「目の前で誰か死ぬよりマシだ。」
フンと鼻息を吐く泡。
ロゼ「そうかい。」
ロゼが微笑む。
ロゼ「泡」
泡が振り向く。
ロゼ「僕は君の雇い主で、君はただの殺し屋かもしれないけどね。」
ロゼ「ここは君の“寄る辺”だからね。」
ポリポリと後頭部をかく泡。
泡「おう。お前んとこに来た日に聞いたよ。」
表情を隠すように泡が振り返る。
ロゼ「おかえり」
泡「おう。ただいま」
『これは』
『魔術師専門の殺し屋の戦いの物語である。』

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