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得意なこと

子どもたちが一昨日から冬キャンプへ行って時間ができたので久しぶりにnoteを開いた。今年はもっと書いていけるといいな。

最近、息子が料理を好きになり、晩ごはんを一緒に作る時間が本当に楽しくなっている。これまで「得意なことなんて何もない」と言っていた息子が、最近は「得意なこと、料理かな」と言っているのを見るとそう言えるものが一つでもあるということの自信って全然違うな、と思う。

この前、子どもたちに「ママって一番得意な仕事何?」と聞かれた。ラジオも、講演会も、先生も色々やっているけれど、好きとかやりたいとかではなく得意なのは何かと聞かれたら私は・・「司会かな」と答えた。決まった言葉を綺麗に間違えず読むような司会ではなく、頭をフル回転させて登壇者たちの発言という材料を時間内に料理するような司会は特に大好物だ。

「でもね、ママお仕事始めた時は司会が一番苦手だったんだよね。」

「なんで、それが得意になったの?」と聞く娘に私は答えた。

「嫌だったけど、仕事だからやるしかなくて何度も何度もやってたらいつの間にかできるようになってた。」

仕事を始めた15年前、とにかく緊張してしまい司会はやりたくなかった。「ラジオは見えないけど、もっとたくさんの人に向けて喋ってるんだよ」と言われても、目の前の10人のお客さんの司会をするのも嫌だった。そんな話を先輩にすると「わかるよ。私もそうだった。それね、場数しかないから。大丈夫、嫌でもやってれば絶対に慣れてできるようになるから」と言われた。そしてその言葉は本当だった。ラジオ局は局が主催するイベントの司会をラジオDJがやるのが普通で、特に新人にはよくまわってくる。嫌でもやり続けているといつの間にかどんな状況でも緊張せずにできるようになっていた。

「でもね、今になってわかるんだ。ただ何度も司会やったからなんじゃなくて、その一回一回のためにめちゃくちゃ準備や練習をして、それでも失敗して恥ずかしいなって思って、そんなことを繰り返したから得意になったんだと思う。」

場数というのはただ仕事をした数ではなく、本気で取り組んだ数+失敗した数のことだったんじゃないかと今になって思う。大体のことはその失敗をしたくないから逃げちゃったり、まぁいいかって諦めたりしちゃうんだけど、その失敗を避けて得意になれるものなんてきっとないんだろう。失敗しても負けずに進み続けるだけの情熱があるかどうかだけが得意なことを作る鍵なのだ。

それにしても失敗した思い出というのはいつまでも覚えているようで、久しぶりに「あんな失敗したな・・」という恥ずかしい司会を思い出し、今何となくもぞもぞしている。

今年頑張ろうと思ってる英語も、人前で恥ずかしい思いをもっと経験しないと前には進めないんだろうなぁ…もぞもぞは強まるばかりだ。

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