サビアン小説 1-1

女は海の中では自由でいられた。女は地球上で唯一のえら呼吸ができる人間だったが、その事実を女は誰にも打ち明けることはできなかった。もし誰かに自分が二種類の呼吸ができると打ち明けてしまったら、命を狙われるだろうことは誰の目にも明らかだった。

マダガスカルから少し離れた海で、女はいつものように泳いでいた。穏やかな波が心地良い。ぷかぷかと波に乗りながら、思うがままに水中を泳いだ。いつまでもこの時間が続けばいい、と女は思った。この場所は、とても落ち着くのだ。まず、人間がいないことが素晴らしかった。そして、女がこれまで出会った海の生き物たちは皆親切だった。

すると、ここらへんではあまり見かけない、一匹のあざらしが女に声をかけた。

「ねえ君、早くここから陸へ逃げた方がいい。君は、海の覇者に狙われているんだよ。さっき、いるかの友達が教えてくれたんだ。」
「嫌だ。陸へ行ったら、わたしはひとりぼっちだもの。ずっと海にいたいの。」
「君が普通の人間でないことが、海の中で噂になっているようなんだ。それを見かねた海の覇者が、君を食べてしまおうとしてるんだって。このままだと君の命が危ないよ。」
「そんな、わたしの居場所はここなのに。」

最初のうちは抵抗していた女も、次第にあざらしの真剣な眼差しに説得され、渋々陸地へ向かった。そんな女の様子を哀れに思ったあざらしは、彼女の後ろを追従した。背後の危険を察知しながら。

ついに女は陸地へ上がった。海にはもう戻れないかもしれない。悲しくて、女は泣き始めた。見るに見かねたあざらしも陸へ上がり、女の側に近づいた。今となっては、あざらしは女が唯一信頼できる存在だった。あざらしは、小さな前脚で、女をそっと抱きしめた。

1-1 A woman rises out of water, a seal rises and embraces her.


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