怒ることも褒めることも人前ではNO THANK YOU
わたしじゃない別の人が目の前で怒られているという状況がとても耐えられない。どうしていいのかわからなくなる。
怒る人はほぼ感情的になって怒鳴り散らしてるから、敢えて「叱る」じゃなくて「怒る」という表現にしたんだけど、わたしはその矛先が自分に向いてるんじゃなくても怯え、一方で怒られている人の味方をしたくなってしまう。
これはやっかいな感情で、わたしは、誰かが目の前で怒られていると、ビクビクしながらイライラもしてしまうのだ。忙しいことこの上ない。怒られているのが自分じゃなくて良かったとかアイツいい気味だとか思わない。
いっそのこと自分が怒られているほうがマシってもんだ。怒るなら人前じゃなくどっかでこっそりやってくれと切実に思う。怒られているあの人だって相当恥ずかしいだろう。
怒るんじゃなく褒めるんなら人前でやってくれてもいいけどね。
そう思ってた。あることが起こる前までは。
あるとき、同僚が大きな仕事を取ってきて、上司がみんなの前で彼のことを褒めたのだ。「佐藤(仮名)が○○万円(ちょっと驚くような額)の仕事とってきたぞ。佐藤ありがとうな」なんて、わざとみんなに聞こえるように声を張ってね。確かに大型受注だから会社は潤うし、喜ばしいことなんたけど、わたしはなんだか胸がザワザワしてしまった。
つまるところ、妬みと失望の感情が生まれてしまったのだ。褒めるのならこんなみんなが見てるところではなくて、直接褒めればいいのに。そう思った。彼にだけ「ありがとう」って言えばいいんじゃないの?
会社の中には「稼がない」種類の仕事をしてる人もいるってことをお忘れなくってことよ。事務をやってる人は数字を持ってない。だからって楽な仕事じゃないんだよ。
でもさ、そういう人はそうやっておおっぴらに褒められることなんてまずないよね。そういう人たちがこの光景を見たらどう思うよ?わたしなら翌日から出社しないかもね。
どんな種類の仕事でも、会社に必要ない人なんていない。お金にならない仕事をしてる人だって会社を動かしているのだ。経営者にしたって、ひとりだって欠けては困るんじゃないの?数字持ってるヤツだけ褒めるのやめない?
逆にわたしが人前で褒められるということを想像する。やっぱりそれはそれでヤダ。素直に喜んでくれる人もいるかもしれないけど、世の中そんなに清らかな精神に満ち溢れているわけじゃない。妬まれて苛められるかもしれない。
にんげんだもの、いろいろと面倒な感情が生まれてきちゃうんだよ。会社に限らずどんな場所でも褒めたり怒ったりするときはコッソリお願いします。それが無理ならまんべんなく褒めて怒って欲しい。
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