ヘッダー

家を買う(序) ジャングルからの脱却

 郵便受けに新築分譲マンションの紹介チラシが入っていた。

 戸建てやマンションのチラシなんて、自分には縁のないものだと思っていた。ただ、間取りや仕様なんかは見てて楽しいので、ゴミ箱に捨てる前にざっと見て「ほほう」と感心するくらい。

 今の賃貸マンションに住み始めてもうすぐ10年になる。この部屋に不満がないわけじゃないし、引っ越すことはもうしんどい。

 引っ越しというのはお金というより体力の問題だ。20代の頃はそれこそ2年毎の契約更新のたびに、ひどいときはそれを待たずに住まいをかえる「引っ越し魔」だったけど、40代になった今ではあんな無理はきかない。

 そんなわけでなんとなく10年近くここに居着いてしまった。そこそこ栄えた街のそこそこきれいな1LDK。家賃は45000円。ずっとここに住むとも、どこかに引っ越すとも決めていない。

 だけどここ数年、ここに住んでいてストレスになることが増えてきた。壁が薄いのか隣人の話し声が筒抜け、深夜に上の階から大工仕事かってくらいガンガントントン何かを叩く音、ゴミ出しのルールを守らないせいでダストボックスの中にたまって行く熟成されたゴミ。

 わたしは普段穏やかでも、実際は細かいことが気になる質なので、この惨状にだんだん我慢がきかなくなってきた。

 なんだろなぁこのマンションは。まるで野生動物が住むジャングルみたいだ。

 騒音もゴミ出しマナーについても管理会社に訴えはしたものの、してくれることと言えばせいぜい貼り紙で注意喚起をするくらい。一度は改善されてもすぐにまた元通り。我慢の限界はもうそこまで来ていた。

 そんなタイミングで手元に来た新築分譲マンションのチラシは、ゴミ箱行きにはならなかった。一番安いタイプの部屋なら月々50000円台からと載っている。それなら月々払っている家賃に少しプラスするだけで買えるじゃないか。

 建設予定地は今住んでいるところの近くで、仮にここに住み替えるとしても勝手知ったる街なのでストレスはないし、なんてったって新築だし。チラシには魅力的な売り文句がいっぱい。

 都会的な外観、騒音が響きにくい厚い壁、真新しい室内設備、強固なセキュリティ。しかも工事中に先行で申し込んでしまえば部屋の間取りや内装も数種類から選べるとのこと。

 いいじゃん、と思ってしまった。一度そういう感情が生まれてしまったら、忘れてしまうことはもう出来なかった。

 自分の家を持つなんて、それまで考えもしないことだった。いつかは欲しいなと思ってはいても、具体化はしないぼんやりとした夢だった。それが今、はっきりとした形を持って自分の方へ近付いてきた。

 早速そのチラシに載っている不動産会社のサイトを見たが、チラシ以上に詳しい情報も載っていなかったので資料を請求した。届いたのは図面集とチラシをもうちょっと詳しくしたような冊子。

 でも、正直この資料を見ても、具体的にマンションのことはわからなかった。数字やパースだけでは見えないことがいっぱいある。月50000円からったって、総返済額にすりゃ数千万円ってことなんだろうから、これだけではとても決められない。

 そういうわけで、モデルルームを見に行くことにした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?