「ピソ職人新聞社の道標」 第17話
第17話
エラディンがピソの密売人の正体をあばく任務を終えて帰ってきた。
「ジョアンナ、きみに大事な報告がある。王に報告にしにいくから、戻るまで工房でしばらく待っていてほしい」
そう言い残して、エラディンはフィリッポの工房に荷物を置いて、本殿のマトラッセ王のもとに報告しに行った。
昼に本殿にいったはずなのに、報告をしたあとに話し込んでいるのだろうか、日が暮れてしばらくしてもエラディンは戻ってこない。フィリッポもその日の作業を終えて、家に帰っていった。またリアナも連日の新聞作成作業で疲労がたまっているようで、フィリッポが帰る同じタイミングで帰宅した。ジョアンナはひとりっきりで、工房の中で、エラディンの伝記を片手に、エラディンの帰りを待った。エラディンに問いただしたいことはたくさんあった。エラディンが工房に戻ってきたのは真夜中を少しまわったタイミングだった。待ち疲れてジョアンナはウトウトしていた時間だった。工房の扉が開くカチャリとした音でジョアンナは飛び起きた。
「ジョアンナ、待たせてごめん。やっときみに大切な話をするタイミングがきた」
ジョアンナが座って待っていたテーブルの向かいの席にエラディンは座った。ジョアンナの目の前に置かれているエラディンの伝記をチラッと見た。
「そうか、最果ての地の寺院の記録も読んでしまったか……」
「師匠はわたしに、この最果ての地の寺院の記録を隠して読ませないようにしてたの?」
「あっ、いや、そういうつもりじゃ……。いや、まったく後ろめたい気持ちがなかったわけではないな。ごめん。自分の将来が不安で、預言にすがり、預言者が言っていたとおりに、きみを保護した。そういう下心が知られるのが情けなかった」
エラディンはしゅんと肩をすくませていた。
「リアナ姉にも、最果ての地の寺院の出来事は話すなって口止めしていたの?」
「うん、ああ。本人に預言のことを尋ねられるまでは、その伝記は渡さないでと言っていた」
「最果ての地の寺院のことを知っていたら、わたしの失われた記憶をとりもどす手がかりを探しにいけたじゃない」
「……ジョアンナ、そのことだ。きみの失われた記憶と、家族の行方が知れた」
「え?」
「ピソの密輸グループに、その伝記に書かれていた魔法族のキュイニーがいたんだ。そして、キュイニーにきみの記憶がなくなるまでの経緯の話を聞いたんだ」
「え?うそでしょ?」
エラディンから語られたのは、ジョアンナは魔法族で家族と一緒に禁忌の魔術を使って飛行族に変化したこと、そして、ジョアンナだけが何かしらの事情で姿がもどったこと、禁忌の魔術の副作用で言葉が話せなくなり、記憶を失っていたことを知った。
エラディンから語られる真相は、最果ての地の寺院で見た光景のことだけだと思っていた。実際に最果ての地の寺院に連れていってもらい、自分の記憶を取り戻すための材料を探しにいければよいと思っていた。予想外なところまで話が進んでいて驚きを隠せない。
「……そんな、わたしの家族は、もう人の姿じゃないなんて」
家族の所在を知れたことよりも、家族の種族自体が変わってしまったということが衝撃だった。
ショックではあるが、ジョアンナ自身が取り戻した記憶の断片は、それを裏付けるものばかりだった。祭壇にあるゴブレットに注がれた赤ヴァイリー。上空から見下ろす景色の記憶。腕がちぎれるように熱くなって、地上に落ちていく感覚。
それは、ジョアンナが、禁忌の魔術で一時的に飛行族になったことと合点がいく。
「師匠。わたしは自分の目で真相を確かめたい。そのキュイニーという魔女のもとにつれて行って」
「ああ、もちろんだ。きみの家族と再会できるように場を設けてくれるみたいだ」
キュイニーという魔女がどういう事情でジョアンナ家族に禁忌の魔術を使わせたのか、その真相が知りたい。そして、自分の両親と兄弟に会いたい。その姿がもう人の姿でないのだとしても。この目で真実を直視したい。
エラディンの話を聞いてから、すぐにタランティー国にいくことにした。今回は前回のように密輸グループと取引をしているエヴァンデッド商会のふりをせずとも、真正面からジャーニマー国の使いとしてタランティー国に入国できる。またダダビット車にのって数日かけて、向かった。エラディンから、話をきいてから、ダダビット族ももと魔法族から禁忌の魔術で姿を変身させた種族であることを知り、ただの移動に便利な種族だという安易な見方をしなくなった。
前回の取材の旅と同様、同じダダビット車のキャビンの中にはリアナがいて、別のダダビット車にはエラディンが乗った。
長い道のりの、たっぷり時間がある中で、ジョアンナはリアナにこれまでエラディンから聞いた話と自分の感じたことを共有した。エラディンから告げられジョアンナの家族の状況、失われた記憶のわけ、最近ジョアンナが断片的に思い出す記憶から、その聞いた話が一致するということを話した。
ジョアンナが語り終えるまで、一言も遮ることなくリアナは静かに聞いていた。
「あなたも、魔法族の呪縛の犠牲になられた方なのですね……。そうですか、飛行族にご家族が……」
いつものようにリアナはフードを目深にかぶっていたから、その表情がわからなかったが、鼻を啜る音と震える声で、泣いていることがわかった。
「あなたもということは、リアナ姉も?」
「ええ、エルフィー族も禁忌の魔術からうまれた種族のひとつです。エルフィー族はどんなケガも病も直してしまう治癒の術と、未来を見る先見の明の能力があります」
「……その代償は?」
「不死の呪いです」
「死なないってこと?それは呪いなの?」
「ええ、終わりがないというのは残酷なものです。あるときから、わたくしは自分の年齢を数えることをやめました」
以前にリアナに年齢を尋ねてはぐらかされたことを思い出した。
「魔術を持つものと持たざるものの争いも、種族の対立も、人どうしの争いも、長い歴史の中でずっと見てきました。戦争に参加して、致命傷を負って命を落とす仲間もいましたが、それ以外エルフィー族は死ねないのです。どんなに絶望したとしても自死することもできません。以前に、ダダビット族の青年と恋仲になったけどうまくいかなかったというお話をしましたね。エルフィー族はエルフィー族同士でしか、子どもを授かることができません。ダダビット族の青年と一緒になったとして、最愛の相手の子を授かることができないのです。またエルフィー族は治癒の術で自分のケガや病を治すことができますが、他者を治すことはできないのです。自分は死ぬことができず、相手が老いて命が尽きる様子をただ見守ることしかできません。彼はわたくしに一緒になろうと熱心に誘ってくれました。でも、わたくしと一緒になったとして、彼は次世代にその命をつなぐことができないのです」
ダダビット族の青年と逢瀬を重ねていた泉に、リアナは石を投げ入れて、近い未来を見た。近い未来を視る先見の明の力だ。見えてきたのは、ダダビット族の青年が同じダダビット族の妻と子どもと一緒にうつる姿だった。
「彼の未来にわたくしはいないのだと悟りました」
リアナは、同じエルフィー族の男性と結婚することになったと嘘をついて、そのダダビット族の青年と別れた。
「彼と別れるのは、自分が決断したこととはいえ、苦しいことでした。そして自分の出生を恨みました。こんな苦しい思いをするなら、エルフィー族として生まれたくなかったと。戦争にいって致命傷を負わない限り、永遠の命が続いてしまうのは耐え難い呪いです。わたくしを生んだ両親に、なぜ自分を生んだんだと責めたこともあります」
エルフィー族がみな、リアナのように永遠の命を嘆いているわけではなく、むしろ、エルフィー族にしかない特別な力だと誇っている場合も多いという。
「わたくしは自分と同じように、死ねない呪いを連鎖させるこどもを生んで、わたくしと同じ苦しみを味わうエルフィー族を増やしたくありません。だから、エルフィー族の男性と結婚することもないし、次世代にこの命をつなげられないのなら、自分が生きたいようにこの人生を過ごそうと思いました。そして故郷から離れたのです」
「それで故郷を離れて、ケラスズ城にたどり着いたんだね」
「ええ。筆記人の仕事から、ピソ職人新聞社の記者の仕事まで出会えたこと、エラディンさん、フィリッポさん、ジョアンナさんと一緒に働く日々。これらはエルフィー族の集落では得られない経験でした。故郷を離れたこと、後悔はありません」
「そうなんだね」
「ケラスズ城にきて、何度か取材の際にダダビット族にお世話になると、元恋人のことを思い出します。彼はいま何をして暮しているんだろうって。一緒に家族になることはできなかったけれど、仕事仲間としてかかわることもできるんだなって。ひとつの可能性としてそう思いました。今後、彼と再会することはあるかどうかわかりませんが、そう思うことで、昔の傷ついた痛みが癒えていくような気がしました。たんに時間の流れという癒しでそう思うだけかもしれませんが……」
リアナは窓を流れる遠くの景色を眺めている。
「ジョアンナさんが、家族と再会して、どういう決断をするかわかりませんが、わたくしはあなたの決断を応援したいと思いますよ。真実を知ってあなたが納得できる答えを出すのが一番です」
ジョアンナも窓から外を眺めた。金色に光るギム畑と、上空を飛ぶ鳥の姿が見えた。
第18話(つづき)
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