「ピソ職人新聞社の道標」 第19話
第19話
ジョアンナの家族との再会と失われた記憶を取り戻す旅を終えたあと、エラディン、リアナ、フィリッポ、ジョアンナがマトラッセ王に呼び出された。
いつものごとく、書物庫にマトラッセ王はいた。各地の勇者から送られてくる報告書の束を読みながら、机のまわりをぐるぐるしている。
四人が書物庫に入ってくるのを確認すると、マトラッセ王は立ち止まった。
「ふたつの重要なことを皆に相談したい。ひとつ目はピソ職人新聞の届け先をジャーニマー国に限定するのではなく、周辺諸国にまでひろげたいこと。ふたつ目は認定ピソ職人制度を廃止しようと思っていること」
「えっ」
驚いたエラディンはとなりにいるフィリッポの顔を伺った。フィリッポは口を真一文字にしている。
「ふたつ目については、少し前からフィリッポに相談をしている。順を追って話を進めよう。まずピソ職人新聞の届け先を広げようと思っている理由はこれだ……」
マトラッセ王によると、エラディンにピソの密輸について捜査させている同じタイミングで、各地の勇者たちにそれぞれのエリアの密輸状況を調べさせたという。ピソ自体は周辺諸国にだいたい広まっていることが分かった。またピソと一緒に、ピソ職人新聞も他国へ流れているから、ピソをどうやってつくるかという大まかなノウハウは他国にも流れているという。実際に、ピソづくりが他国でも行われ、ジャーニマー国からピソ職人が周辺諸国に流れている事例もあるらしい。
「もはや、ピソづくりを我が国だけで独占することは不可能に近い。ならば、ピソづくりを閉ざされた技術にするのではなく、他国への友好関係を築くためのツールとして広めてみればよいのではないかと思ったのだ」
グランディン王政からマトラッセ王政に変わって一番大きな変化かもしれない。
「恐れながら、質問をさせてください。周辺諸国にピソ職人新聞の届け先を広げるとのことですが、どのようにそれを実施しましょうか。我が国の物流を担うダダビット族の余裕もあまりないときいております」リアナが尋ねる。
「エラディンから、飛行族とのつてができたときいた」
「えっ?」ジョアンナは驚いている。
「きみの家族が飛行族なんだろう?」
「はい」
「その報告をうけてから、タランティー国王と水面下で交渉をしていた。タランティー国をふくめピソづくりのノウハウをつめたピソ職人新聞を広く届けたいから、飛行族の力を貸してくれまいかと。そして許しが出た」
「か、家族と仕事が一緒にできるのですか?」
「ああ、もちろんだ」マトラッセ王が笑顔をジョアンナに向けた。
「ありがとうございます。こんな幸せなことはありません」ジョアンナは深々と礼をした。
「礼をいうのは、こちらのほうだ。タランティー国とより深い関係が結べるようになったのだ。飛行族とのコミュニケーションをとるためにきみにはたくさん協力をしてほしい」
「わたしにできることならば」ジョアンナは感動で体を震わせていた。
「それで、ふたつ目の認定ピソ職人制度の廃止について、その目的を説明しようか」
マトラッセが王、認定ピソ職人制度の廃止を考えたのは、数か月前起きた父、グランディンの突然死がきっかけだった。それまで、グランディンは大きな病気をしていなかった。前日までピンピンしていたのに、あまりに突然の死だった。食事に毒が盛られていたのかもしれないと、調べてみたが、原因らしい原因は見つけられなかった。
またグランディンの突然死に続いて、認定ピソ職人を抱える貴族たちがバタバタと突然死する事例が発生した。グランディンと同じように前日までピンピンしていたのに、急に亡くなってしまうのである。突然死する者たちの共通点は、日常的に焼きたての金色ピソを食べているということだった。それを知ってから、マトラッセ王は金色ピソを食べないようになった。
ひとつの仮説としてマトラッセ王が考えたのは、金色ピソを長期間にわたって食べ続けていると、知らぬ間に寿命を縮めてしまっているのではないかということだった。金色ピソを食べることで、その者の力や能力が2倍以上引き出されるというというのは、何かの代償を払って、その強力な力が得られるのではないかと考えた。
マトラッセ王も金色ピソを食べていたけれど、グランディンと比べると食べ続けている期間の長さが全く違う。一部の権力者のみが焼きたての金色ピソを食べていたからこそ、金色ピソを食べ続けるリスクに全く気づけなかったのだ。
「その仮説を思いついてから、フィリッポに相談してみた。すると、その可能性は否定できないという。もともとピソの材料になるギムの実はそのまま食べるには毒性があって食べられないそうだ。食糧難にあえいでいた我が国の先人の知恵で、ギムを食べ物として食べられないかと作り出したのがピソだという。ギムの実をすり潰して、粉にしたものを捏ねて焼くことで毒性はほとんど消えるが、焼きたての熱が一時的にギムの毒素の一部を引き出すようだ。その毒素は接種したものの力を大きく引き出すという効力ももっていたというわけだ」
「それは初耳です」エラディンは驚いた。
「たしかに、それは理にかなっているかもしれません」リアナが口をはさんだ。
「われらエルフィー族の髪もそうなのですが、金や銀に光るものは大きな魔力を内に秘めている証拠なのです。ギムは植物が突然変異して、魔力を蓄えた植物になったのだとしたら、すべて合点がいきます。魔力を宿すかわりに、リスクをはらんでいるのです」
エラディンも、ジョアンナからリアナたちエルフィー族の秘密を聞いたので、なるほどと頷くしかなかった。
認定ピソ職人制度も、ジャーニマー国の権力者が、そのギムの魔力を独占せんがために、作り上げた制度だと言われている。長年、王族と貴族で、その魔力を活用していたが、その裏にある代償までは知らなかったのかもしれない。
「そういうわけで、金色ピソを食べることを我が国では禁じたい。また他国へも金色ピソを食べることによる弊害も一緒に広めたいと思っている。フィリッポにもきいたが、黄色ピソにはその毒性はなく、ギムの穀物のうまみだけが残るそうだ。ようは、焼きたての状態を食べることが悪いが、黄色ピソになったものを食べるのはいい話だ」
エラディンはフィリッポの横顔を見る。王の強さを支えるため十数年もの間、金色ピソをつくり、黄色ピソにならないうちに急いで運び続ける生活をしていた。それが国の発展につながるし、認定ピソ職人として役割を全うしていると思っていたはずだ。それが今になって前提から崩れようとしている。それをフィリッポはどう受け止めるのか。
「だから、認定ピソ職人制度自体をやめることにした」
フィリッポは口を真一文字にしたまま微動だにしない。
エラディンは昔、グランディン王に「勇者職をおりよ」と命じられたときのことを思い出していた。フィリッポは大丈夫だろうか。
「エラディン、ピソ職人新聞は国外へ広がっていく権威ある新聞になるぞ。より一層はげめ。あと、それにあたり、認定ピソ職人廃止の案内と、監修者のフィリッポの肩書の認定ピソ職人という文言を消すようにな。またその経緯を記事にまとめてもよいしな」
「は、かしこまりました」
マトラッセ王との謁見が住んで、一同は書物庫を後にした。書物庫に入ってから、工房にもどるまでフィリッポは一言も話さなかった。
工房に戻ってから、エラディンはフィリッポにどう声をかけようか悩んでいると、フィリッポのほうから口を開いた。
「エラディン殿。ずっと俺のことを心配してくださったようでありがとうございます。でも大丈夫っすよ。陛下とはずっと前から相談していましたし」
フィリッポが白い歯を見せて笑っているが、どこかぎこちない。
「あと、ジョアンナもおめでとう。家族と再会できて記憶が戻ったこともそうだし、きみしかできない役割も見つかっただろう?飛行族とのネットワークが使えるようになったのはすごいことだよ。しばらくはピソ職人新聞の配達がメインになるだろうけど、もしかしたら、ダダビット族につぐ、第二の物流網として機能するかもしれないと陛下もいっていたし。これほど名誉なことはないよ」
「……うん。ありがとう」
「ほら、もっと喜ばないと!」フィリッポはジョアンナの肩をたたく。
いつもより妙にテンションが高いフィリッポにジョアンナも戸惑っているようだった。
「食事にしましょう。みなさんためにいろいろピソをつくっています。準備するので、少しお待ちください」
フィリッポに促されるまま、エラディンたちは席について、テーブルにピソが並べられるのを待った。フィリッポは数種類のピソの塊をナイフで適度な大きさに切り分け、さらに並べている。手を動かして、準備しているほうが心が落ち着くようで、テーブル並べ終えると、先ほどまでソワソワしていたフィリッポがいつもの落ち着きを取り戻していた。
「みなさん、お召し上がりください」
ベーシックな主食として食べるピソもあったが、その他にチーズとソラマメがのって焼き込まれているもの、スライスしたピソ2枚の間にレタス、ほぐした豚肉が挟まれているもの、ドライフルーツが生地に練り込まれているもの、あと茶色いピソがあった。
「え、すごい。このままで食事になる」リアナが言った。
「そうなんです。ピソだけで食事になるをコンセプトにつくってみました」
「どこかで見たことがあるような、あ、ベラッキオのピソとちょっと似てる?」
「そうそう、まさにそのとおり。ベラッキオさんのピソ―ラで売られているものを参考にしてつくってみました」
「なるほど、だいぶ思い切ったね」
「そうですね。これまで陛下のお食事にあうように、うまみは感じられるけれど、食事で出される一品一品より主張を強くさせないようにピソをつくってきました。その制限がなくなったいま、広くみなさんに食べてもらえるように、ピソひとつだけで食事が成り立つようなものを作りたいと思っていろいろ試作しているんです」
「この茶色いピソは何? 金色と黄色以外のピソを見るのははじめて」リアナが尋ねる。
「ああ、これは、タランティー国の銘菓パチェイからインスピレーションをうけて作ってみました。魔法族が調合する秘伝の粉はなかなか入手できないので、それ以外の材料でつくったパチェイもどきを溶かして、ピソ生地に混ぜてみました。するとこういう茶色のピソができるんです。甘いので、食後のデザートのように食べるのがおすすめです」
一同はほおっと感嘆の声をあげ、目のまえにだされたピソを食べた。どれも美味しく、エラディンはフィリッポの職人としてのレベルの高さを感じた。
「認定ピソ職人の称号がなくなって、ショックを受けているのかなと思ったのだけど、こうも次にむけていろいろ動いているのをみると、前向きな気持ちになっているんだな」エラディンはフィリッポに言う。
「そーっすね。話は数か月前から陛下から相談を受けていましたし。覚悟も少しずつ定まった感じでした。でも……」
「でも?」
「やっぱり、皆の場で、もうお前は認定ピソ職人じゃないんだぞと言われると、改めてショックだったというか。腹くくってたつもりだったんですがね。公になることで、もう後もどりできないというか。認定ピソ職人になること、その仕事がお国の役に立っているという自負。そういうプライドみたいなものがあったので……。俺なんのために技術をみがいていたんだってけってね。むかし、エラディン殿が勇者職をおろされたときに、俺、前向きな変化っすよって言ったことがあったんじゃないですか」
「ああ、そうだな。そう言っていたよ」
「いざ自分が、職を降ろされる経験をするとここまでズシンとくるんだなと。エラディン殿、あの時は軽々しく言ってすみません」
「いやいや、いいんだよ。それにピソづくりを辞めろと言われたわけじゃないだろ?」
「ええ、もちろんそうなんです。金色ピソを出さなくていいだけで、いままでどおり陛下のお食事として黄色ピソをつくっていけばいいです。焼きたてを出さなくていい分、製造の調整がしやすく労働時間も調整しやすくなって働きやすくなります。それに、最近こどもが生まれたので……」
「え!そうなの!おめでとう!」リアナが手をたたいて喜ぶ。
「俺ら家族にとっても、働き方の変化はありがたい話なんです」
「いいことじゃないか」
「そうなんです。いいことでしかないんです。あとは俺のプライドの問題っす。やっぱり認定ピソ職人になることは一種のステータスだったわけです。たかが称号、されど称号。俺がゆっくり整理していくしかないんです……」
エラディンとリアナは自分の皿にあったピソをすべて平らげていたが、ジョアンナの皿はまったく減っていない。フィリッポとの話に集中していて気が付かなかったが、ジョアンナはずっと目のまえの皿のピソのスケッチをしていた。
「なんと、食べずにずっとスケッチしていたのか!」
「うん、描かなきゃって思って。ほらできた」
ジョアンナは描き終わったスケッチを皆に見せた。スケッチブックにはたしかにフィリッポのピソが並んでいた。
「せっかくだし、色もつけようと思う」
「ありがとう。ジョアンナ」フィリッポが礼を言う。
「フィリッポの新しい門出。どんな想いでこのピソをつくったか、それをスケッチでも伝えたい」
「エラディンさん、次の職人インタビュー記事フィリッポさんに出てもらってはどうでしょうか?」リアナが提案する。
「ああ、そうだな。ジョアンナ、君にフィリッポのインタビュー記事をまかせたぞ」
ジョアンナはインタビュー経験はあったが、そこから記事を書いたことがなかった。
「え? そんなわたしには無理だよ」
「大丈夫よ。わたしもサポートするから、それに、あなたのフィリッポさんの思いを伝えたいとというその真摯な気持ちが記事を書くのに一番重要なの」
ジョアンナはフィリッポにインタビューして、今の正直な心境を聞いて記事を書いている。あこがれていたフィリッポが、役割が大きく変わる節目で記事を書くということで気合十分だ。
言葉を話せない状態から、ひとりの記者として記事を書き上げるまで成長したジョアンナを見て、エラディンは娘を育てたような気持ちになった。
仕事の一部としてジョアンナに関わっていたつもりだったのだが、ジョアンナがいてくれたおかげで、妻と子どもと、別れて家族を失った悲しみがずいぶんとマシになっていったのかもしれない。
勇者として充分な貢献が出来なくて自分の役割というものを見失っていたのだが、ピソ職人新聞社を立ち上げ育てるという意外な役割を与えられたのだなと、前向きにとらえられるようになっている。
預言者が預言していたとおり、ジョアンナとの出会いは、エラディンの人生を大きく変えた。勇者としてジャーニマー国に貢献することが、自分の人生の役割だと思っていた。
でも、勇者じゃなくなっても新たな役割で国の発展に貢献できることを知った。そして親という役割でなくとも、新しい世代に引き継げるものがあるのだと思うと、エラディンは、こんな人生も悪くないものだなと思うのだった。
第20話(つづき)
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