「ピソ職人新聞社の道標」 第20話
第20話
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<ピソ職人フィリッポが語る一職人として現在思うこと>
全国のピソ職人のみなさま、いつもこの新聞を読んでくださりありがとうございます。ピソ職人のフィリッポです。このピソ職人新聞の最初の発刊は今から5年前になります。発刊当初から僕は、技術監修ということで、ピソ職人の取材記事に対して、技術的な間違いがないか確認しながら記事作成のアドバイスをするという役割でした。新聞の記事を日々書いているのは各地のピソ職人を訪ねて取材をしている記者です。僕は直接取材をしてピソ職人の話を聞くわけではありませんが、記者が書いた記事、スケッチしたイラストをもとに、全国各地のピソ職人の様子を知ることができました。それは僕にとってたくさんの学びがありました。改めて取材にご協力くださってきた皆様、そして、この新聞を楽しみに読んでくださるピソづくりの関係者の皆様に御礼申し上げます。
僕はもともと、ケラスズ城で、認定ピソ職人として陛下の日々の食事を提供しお支えしておりました。その縁で、ピソ職人新聞社が発足するさいに、ピソ職人目線での情報発信ができるようにと、技術監修として参画させていただくことになりました。ピソ職人のための新聞というのは画期的ですよね。ジャーニマー国各地の勇者様の活躍を伝える勇者通信というものがありますね。それと同じようにピソ職人にスポットライトを当てていただけるというのはひとりのピソ職人として大変光栄でした。ジャーニマー国を主導する陛下の日々を支える食事を提供することによって国に貢献させていただいていると思い、ピソを作ってきました。その陛下が直々にピソ職人全体の地位の向上と技術の共有をはかるために新聞をつくることを命じられたのは身が引き締まる思いでした、認定ピソ職人としての新たな責務だなと思ったものです。
しかし、みなさんご存知のとおり、先日、陛下から認定ピソ職人制度の廃止が発表されました。なので、現在は僕に認定ピソ職人という肩書はありません。また、認定ピソ職人制度が廃止される要因のひとつである「金色ピソの効果と代償」の記事も中面に載せているので、そちらも併せてご確認いただきたいです。
なので、ここからは、そういう経歴の持ち主なのだなということを念頭に置いて、ひとりのピソ職人としての僕の話をきいていただけると嬉しいです。
僕の家は「ピソ焼き小屋」という名前のピソ―ラの家に生まれて、ずっと身近にピソがある環境でした。両親と、ずっと年上の兄たちはいつも厨房におり、生地を捏ねたり、窯で焼いていたりする姿を見てきました。だから、ピソ職人を目指すのは自然なことでした。当時はピソをつくることができるだけでなく、認定ピソ職人になることが、一種のステータスに見られる空気がありました。兄たちもなんどか認定ピソ職人になるための実技試験をうけたことがありましたが、誰も合格できませんでした。ピソづくりにかかわる人は年々増えていましたが、その認定ピソ職人になるのは狭き門でした。ならば余計に、その認定ピソ職人になりたいという思いが強くなったんです。実家のピソ―ラのピソづくりを手伝うだけではなく、他のピソ―ラへ修行させてもらったり、また修行仲間のつてをたどり、当時陛下へピソを献上することもある認定ピソ職人さんのもとへ教えを請いにいきました。そのおかげで、何度目かの認定ピソ職人の実技試験で合格しました。僕の人生の目標のひとつがかなったのです。それから、ありがたいことにケラスズ城の専属ピソ職人として勤めることになり、ジャーニマー国王の日々の食事を支えることになりました。それはやりがいのある仕事でしたが、各地にいるピソ職人の新しいピソを知るたびに、自分の職人として、新しい技術を取り入れることができていないのではないかとも思うようになりました。
もちろん、ピソの質にかかわる重要な基礎の部分は修行をして技術を磨いてきた自負はあり、それをもって陛下の力をお支えしてきたという実績はあります。しかし、しばらく一般の市民が手軽に食べられるようなピソをつくってきていないということに気が付きました。認定ピソ職人になってから、陛下のためのピソを作っている中で、ピソというものを高尚な食べ物に仕立てあげてしまっているのではないか。そう思いました。そして、ピソ職人新聞社の仕事にかかわらせてもらって、さまざまなピソ職人のピソづくり観、新しい発想のピソ、多くの人々を魅了するピソを知るにつれ、僕の物の見方の尺度が凝り固まってきているかもしれないと思うようになりました。
今回の認定ピソ職人制度の廃止により、あらためて、ひとりのピソ職人として学びなおす機会をいただいたなと前向きに思っています。またこの号から、ジャーニマー国以外の周辺諸国の皆様のもとにも届くようになります。ジャーニマー国のピソ職人たちがつくりあげてきたピソづくりの技術、文化的側面を引き続きお伝えしていきます。また、これからは周辺諸国でもピソ職人が増えていくことでしょう。職人の数だけその物語、独自の哲学があると思います。職人の皆様のお話を引き続き聞かせてくださいね。
こちらのスケッチは、陛下の専属のピソ職人ではなくなった僕が、職人として新しい挑戦をしていく決意のもと作ったピソです。レシピも公開しているので是非参考にしていただけると嬉しいです。
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フィリッポのインタビュー記事の最後に、ジョアンナが描いたフィリッポの新作ピソのカラーイラストが載せられた。
力のあるイラストで、その新聞が届いた全国各地のピソ職人からは、他のレシピも教えてほしいという問い合わせや、フィリッポが新しいピソ―ラを開業しないのかという質問が届き、近隣諸国の権力者から専属のピソ職人にならないかというオファーもたくさん届き、大きな反響があった。
エピローグ
日が昇るまだ暗い前の早朝、ジョアンナは起きて、自宅を出る。
今日が飛行族にピソ職人新聞を運んでもらう最初の日だ。前日は緊張のあまり、よく眠ることができなかった。本当はもう少しベッドの中にいても間に合う時間だったのだが、ソワソワしてしまい、観念して身支度をしたのだ。
家を出て坂道をくだり、ケラスズ城下町のメインストリートにでる。遅刻しているわけじゃないのに、はやる気持ちが、自然と歩くスピードを速める。
印刷所について、受付の呼び鈴を鳴らすと、出窓が開く。
「早すぎるよ!どこの新聞?まだ朝刊が刷り終わるまでまだ時間がかかるってのに」ぶっきらぼうな受付が答える。
「ごめんなさい。楽しみで早くきちゃって。ピソ職人新聞社です」
「え、あ、ピソ職人新聞社さんね。まあ、どうも、大量ご発注ありがとうございます。うちの印刷所長もお礼を申しておりました」
ぶっきらぼうだった受付が態度を一変させる。
「印刷所長もご挨拶に呼んできましょうかね~?」
「いや、いいです。挨拶は。日が昇るまでに朝刊刷りあがりますかね? 挨拶よりも時間に間に合わすことに集中していただけると助かります。今日は遅れられないんで、どうかお願いします」
「わかりました。間に合いますからご安心ください」
「ありがとうございます。追加発注した5000部、私たちのほうで別途手配するようにするんで、50部ずつカバン詰めお願いします。その他はいつもの配送方法で大丈夫なので」
外で待っていると、リアナもやってきた。
「ジョアンナさん、ずいぶんと早いですね。時間を間違えました?」
「いや、気持ちが逸って落ち着かなくて、1時間前にきちゃった」
「まあ、そうですよね。そろそろ飛行族のみなさんがやってくるようですよ」
薄明るくなってきた空に大きな翼を広げた飛行族が100人ほどこちらへ飛んでくるのが見えた。その群衆の先頭にはジョアンナの両親と兄がいた。
ジョアンナたちがいる場所に音を立てずに着地した。
ジョアンナは家族それぞれにハグをした。リアナと協力して50部ずつのピソ職人新聞が入ったカバンを飛行族の首に掛けていった。すべての飛行族にカバンを掛け終えると、日が昇りはじめていた。
「では飛行族のみなさん。新聞配達の仕事にご協力ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ジョアンナはそう言って深々と礼をした。
飛行族がひとり、ふたりと、順々と空へ飛んでいく。父と母がとんでいく後ろ姿を眺める。最後のひとりは兄だった。
「お兄ちゃんもよろしくお願いします」
しかし、兄は飛ぶようすがない。どうしたものだろうと訝しがっていると、ジョアンナの目の前にかがんで背を向けた。
「乗れってこと?」
兄は頭を振ってそうだとリアクションした。
「ジョアンナさん、はじめての飛行族の新聞配達、直接自分の目でたしかめたらいいじゃない? エラディンさんにも言っておくし」
ジョアンナは兄にうながされるかたちで、背に乗って掴まった。兄は妹が背にきちんと乗ったことを確認すると、足のばねを使って飛びあがり、そのまま翼を開いて上へ上へと昇って行った。
日が昇る方向に向かってジョアンナをのせた兄は飛んでいく。空は紺色から青色、薄ピングにオレンジ、黄色とグラデーションになっている。
刻々と変化し、はっきりしない空色は気持ちを落ち着かせなくする。真っ黒い闇に包まれていた地上を少しずつ明らかにしていく様は美しさがありながらも、どこか残酷的だ。暗闇は絶望で光は希望だと思っていたが、はっきりと分けられるものではないらしい。光が差す世界もまた不安定なものなのだ。
最果ての地の上空から見下ろした景色、鬱蒼とした森の緑と、ギム畑の金色の景色は閉ざされた世界だからこそ、あんなにも美しかったのだ。
今、目にしている、朝焼けのグラデーションと、現実の不安定さを忘れることはないだろう。
光が差しこむ方角をずっと眺めていくと、ぼやぼやと視界がぼやけていく。鼻から塩辛い水がのどに流れていった。
取り戻した記憶と家族との再会で明らかになった真実は、想定していたものと大きく異なっていた。家族の存在を感じることはできるが、もう二度と言葉を交わすことができない。失われた記憶が戻れば、欠けていた心が満たされると思っていたが、真実はそこまで優しいものではなかった。あるがままを受け止めて、自分はどう生きていくのか、ゆらぐ景色を目のまえにに簡単に答えはでない。
それでも、今、目のまえにある世界は残酷的で、こんなにも美しいのだと思うと、混乱して、あふれる涙がとまらない。
終
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