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「ピソ職人新聞社の道標」 第16話

第四部:明らかになる真実

第16話

 ジョアンナはマトラッセ王と謁見している際に、自分のことを預言の娘だろうと言われたことがずっと引っかかっていた。ブレイドウッド氏の取材から帰るダダビット車のキャビンの中でリアナにも尋ねた。

「わたしが、師匠に保護されたのは、預言に従ったって話していたけど、預言って何?」

「……エラディンさんの伝記で最果ての地の寺院の章って読んでなかったかしら?」

 ジョアンナは言葉を話すようになるために、リアナが伝記形式でまとめたエラディンの勇者時代の旅の記録を音読して練習していた。

「読んだ記憶がない」

「そうでしたか、ジョアンナさん早くに言葉を話せるようになったんですもんね」

「師匠はわたしにあえて言わずに隠し事していたのかな?」

「どうでしょうか?エラディンさんの任務が終わって戻ってこられたときに直接本人に聞いてみたらよいでしょう。帰ったら、その最果ての地の寺院の章の伝記を渡しますよ」

 ケラスズ城に戻り、フィリッポの工房で作業する。ブレイドウッド氏の取材記事をとりまとめていると、いつものように、フィリッポは、取材した職人が話していた内容を聞きたがった。金色ピソよりも粗熱のとれた黄色ピソのほうが美味しいのだとブレイドウッド氏が語っていたことをフィリッポに伝えた。

「たしかに、ギムの香りとうまみを感じるなら、粗熱をとれたもののほうが感じやすいな。その職人の言うことは理にかなっている」

「じゃあ、その記述はしても大丈夫?」

「ああ、もちろん。職人が言っていることはなるべくそのまま伝えたほうがいい」

 ピソ職人新聞は、エラディン含むピソ職人でない記者たちが記事を書いているから、事実関係が間違っていないかを確認するために、フィリッポに尋ねている。
 ジョアンナが記事を書いている横で、フィリッポは、ジョアンナのスケッチブックのスケッチを見た。そこに描かれていたのは、ピソの全体図と、ナイフで切ったピソの断面を写生したものだった。

「相変わらずうまく描けているね。この絵のとおりなら、このピソも食べてみたいな。ほら、この断面を見て。気泡がきれいだろ? よく窯伸びしている。生地を捏ねるときに丁寧に捏ねられている証だね」

 ピソの話をしているときのフィリッポはいつも活き活きしている。本当にピソをつくるのが心の底から好きなんだなあとジョアンナは思う。そして、ピソ職人はフィリッポの天職なんだなとも。

「取材記者っていい仕事だよね。各地で美味しいピソを食べられるんだから。俺も勉強のために、この城下町のピソ―ラにピソを買いにいくことがあるよ。さすがに、陛下たちの毎食の準備があるから、遠出することはできないんだけどね。この前取材していたベラッキオさんのピソも食べたよ。ベラッキオさんはシンプルなピソだけでなく他の食材との組み合わせや発想がすごい。見た目も美しいから思わず手にとりたくなるようなね。そうか、こういうのが市民に受けるんだねと勉強になった」

 フィリッポは難しい試験に受かり、ジャーニマー国の認定ピソ職人という権威ある職についていながらも、謙虚で、他のピソ職人への敬意を忘れない。いつだって勉強しつづける研究熱心な男だ。ジョアンナはそんなフィリポの真っ直ぐな姿勢を尊敬していて、気がついたら好きになっていた。

 今回の取材の記事をまとめ終えると、複写術を駆使する魔法族の印刷所に原稿をもっていく。新聞の発行を依頼して、仕事が落ち着いた。頃合いをみて、リアナは伝記をジョアンナに渡した。ジョアンナは自宅にもどり、伝記を開いて、最果ての地の寺院の章を読み始めた。

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<最果ての地の寺院>

 最果ての地の寺院は旅人たちが最終的にたどり着く場所だと言われている。入口は複数あり、世界の各地に散らばっているらしい。最果ての地は地図上にはない。けれどこの世界に実在する。入口となるゲートは各地にあるが、最終的にたどり着く寺院は同じ寺院らしい。まったくもって原理がわからない。
 キュイニーは、魔法族が使う魔術の力が集合して具現化したものだと説明する。その説明を聞いてもピンとはこない不思議な場所だ。いっそのこと、死者の世界だと言われたほうがまだわかりやすくて納得する。ここにいるってことは、死んだのだなと理解できる。
 キュイニーはそれを聞いて笑っていた。「エラディンは死ぬことを望んでいるのか。それはだいぶ思いつめたものだな」と。
 思いつめるも何も、私はうまくいかない和平交渉の任務を終えてジャーニマー国に帰りたいだけなのだ。妻にも子どもにも、もうずいぶん長い間、会えていない。しかし、あと1か国は、友好条約を結べないと、グランディン王は成果として認めてくれないだろう。
 途方にくれているときに、久しぶりにキュイニーに会ったのは何かの導きなのかもしれない。タランティー国と友好条約を結んで以来数年会っていなかった。数年も会っていなかったしタランティー国側についている魔女なのに、今置かれている状況を話し出すと自分が悩んでいることまですっかり話してしまっている。キュイニーは不思議なやつだ。
 任務に行き詰っていると話すと、キュイニーは「最果ての地の寺院の預言者に預言をもらえばいい」と言った。
 預言者に会いにいくために、キュイニーに最果ての地につながるゲートを開けてくれると約束してくれた。キュイニーに連れられて、タランティー国に入国し、何世代か前の王族が使っていたという古い城に向かった。古い城にキュイニーは住んでいて、広い敷地は魔術を使う際に便利らしい。城の一室に巨大な鏡が置かれている部屋があった。
「ゲートはここよ」とキュイニーは巨大な鏡を指さした。呪文を唱えると、先ほどまでは目の前に立つ人を映していた鏡は、その輝きをなくし、灰色に淀んだ。
「あたしについてきて」と言って、キュイニーは灰色に淀んだ鏡に手を伸ばし押すと、鏡の中に体が消えていった。
 後に続いて、鏡を押すとそのまますっと体が向こう側へ移動した。出てきた先は鬱蒼とした森だった。
 先を進むキュイニーについていく。森の中にある道をそのまま進んでいくと、白い石で作られた建物が見えてきた。

「ここが最果ての地の寺院」

森の木々に覆われて薄暗いはずなのに、寺院の建物のまわりだけぼんやりと明るく、白い石が少し発光しているようだった。

「預言者に会いにいこうか」
 キュイニーが白い石の建物の扉を押し開いた。後に続いて中に入ると、また白い石で作られた大広間が広がっていた。天井は高く、天窓から光が注いでいる。キュイニーのハイヒールがたてるコツコツという音が反響している。
 大広間には、絨毯を敷いてうずくまりながら何やら祈る人、祭壇を見つめじっと動かないダダビット族、手を組んで祈っている頭からフードをかぶり長いローブを着ている人など様々な人が大広間に静かにたたずんでいる。だれもしゃべることなく、おのおのが集中しているようだった。静寂につつまれていた大広間にキュイニーのヒールの音だけが反響していて、少し気まずい思いがする。外は蒸し暑いのに、なぜかこの寺院の中は肌寒い。外と中は別の世界にいるようだ。
 大広間の一番奥には祭壇があり、壇上には大きなピソの塊と、赤ヴァイリーが注がれている水差し、銀のフレームにすりガラスが張られたゴブレットが4個置かれていた。何かの儀式がされていた形跡だった。
 キュイニーは、祭壇の横にある扉まで迷うことなく歩いていった。この大広間で預言者と会うわけではないようだ。
 扉を通るとまた外に出た。ずっと黙って歩いていたキュイニーが大広間を抜けたあと、ふーっと深く息を吐きだした。

「祈りの時間の邪魔をしてしまったようだ」とキュイニーは言った。

 やはり、あの静寂の空間の中でハイヒールの音を鳴らすのは気まずかったのだろう。大広間には、世界の各地の種族で現世を離れ出家したものが、それぞれの種族のやり方で祈る場所があの大広間であると説明した。 出家したものたちは、自分の種族の安全と繁栄を祈っているらしい。その祈りの力があるからこそ、それぞれの種族の魔術は守られているという。
 大広間をぬけ外に出てしばらくすると、鬱蒼とした木々がなくなり、開けた場所についた。目のまえには湖が広がっている。透き通ったエメラルドブルーの湖だ。

「湖畔の離れに預言者はいる」とキュイニーが言った。

 湖ぞいを歩いていくと、湖に突き出している桟橋の先に屋根のついた場所があった。そこが湖畔の離れらしい。屋根を支える柱があるだけで壁はない。そこに銀色で縮れながら広がる髪と口元から顎をすべて覆いつくす長い銀色の髭を伸ばした男、まるで長老とよばれているような風貌の老人がいた。
 紫色の長いローブを身にまとい、袖のところどころに小さな鈴がついている。預言者は椅子に座り、湖面をじっと眺めていた。桟橋を渡って、預言者がいる場所に近づくと、預言者は湖面を見つめたまま「預言を求めるものか?」と尋ねた。

 キュイニーが「ここにいるエラディンが、これから行くべき道を迷っているようです」と言った。

「ふうむ、ジャーニマー国の勇者か。どうれ、今後のゆくすえを視てしんぜよう」

 預言者は椅子の横に置いていたバケツの中から、平たい石を取り出し、ぼそぼそと呪文を唱えたあと、湖面にほうり投げた。その勢いでローブについている鈴がシャリシャリンと鳴った。
 投げられた石はテテンテテンテテンと湖面をすべりながらバウンドし、勢いがなくなったところでチャポンと沈んでいった。その様子を見守った預言者は両耳に手を当て、湖から伝わる音を聞く。預言者が耳に手を当てながら微動だにしないこと約1分。
 預言者は、椅子ごとわれわれがいる方向にむけて、話し出した。

「もうすぐ、主から帰還せよと命令が下るだろう。きみはその命令に従って主のもとに帰りなさい。そして、その帰路できみは少女に出会うだろう。今にも気を失いそうな衰弱した少女だ。きみはその少女を保護するがいい。理由? 理由なんて考えるな。ただ、その少女を保護しなさい。主のもとに帰るまえに、西部にある荒れ野に寄るルートを選んで帰還しなさい。少女を保護し、主のもとに帰還したら、そのまま流れに身をまかせなさい。君の予想だにしない状況がひきおこされるだろう。しかし、その流れに抗ってはならない。念を押しておく。これから出会う少女を必ず保護するように。この少女がきみの将来のゆくすえを導いてくれるだろう……。預言は以上じゃ」

 預言者は預言を伝え終えたあと、また湖に向かって椅子を戻し、湖面を眺めた。近くにいるわれわれをもう気にとめていない。
 キュイニーに誘導されるように、来た道を戻る。寺院の大広間を通るとき、もうすでに祈りの時間は終わったようで、集まっていた人々は誰もいなくなっていた。
 最果ての地の寺院で預言を受けてから、数日後に実際にグランディン王からの帰還の命が届いて驚いた。数年ぶりにケラスズ城に帰還することとなった。

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 その後の記述がなかった。実際にこの後、ジョアンナはエラディンに保護されたのだろう。エラディンが戻ってきたらいろいろと聞きたいことがある。ジョアンナが保護されたのは、エラディンが預言のとおりに行動した結果だったのだろう。身寄りのいないジョアンナをなぜ保護したのか、ずっとわからなかったのが、ようやく謎が解けた。そして、その預言がなされたという最果ての地の寺院に行く必要があると思った。


第17話(つづき)


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