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瞑想中の邪念は、失敗?

皆様こんばんは、彰子(しょうし)です。
今日の東京は秋の気配を感じるほど、過ごしやすい一日でした。
ここ数日、朝晩は秋の虫の音が聞こえます。
つい先週までは厳しい残暑でしたが、季節は確実に進んでいますね。

今日は、瞑想中に湧き上がる邪念との向き合い方について、取り上げたいと思います。

瞑想中、別のことを考えてしまうことはありませんか?
私はほぼ毎回、いや、呼吸に集中している時間のほうが短いのではと思うほど、
別の事に意識が向いてしまします。

そのたびに、ダメだダメだ、呼吸呼吸、と思うのですが、
また意識が別のところに飛んでしまいます。

しかし、マインドフルネス瞑想の先生によると、
邪念が浮かぶことは失敗ではない、とのこと。

むしろ大事なのは、
邪念が浮かんだ時に、
「あ、今別のことを考えているな。また意識を戻そう」と、
自分自身を客観的に、愛護的に見つめること、だそうです。

本場アメリカでも、
「意識が飛んだ自分に微笑みを」という表現をされるそうです。

邪念が浮かんでも、それを追い続けなければよい。
邪念に意識が向いている自分に気が付いたら、そんな自分を遠くから優しく眺め、
またゆっくりと意識を呼吸に戻していく。

瞑想を続けることで得られる効果は、
瞑想中の邪念がなくなるのではなく、
邪念を抱く自分を優しく見つめることができる、ということ。

私の中で、一気に重荷が外れた気がしました。

瞑想は、思考が整理されて気持ちも浄化されるもの。
どっしりと座って集中するのは難しくても、
ほんの1分でも目を閉じて、呼吸に心を澄ませ、
邪念も受け入れていければ、
もっと身近なマインドフルネスになるのでは、と感じます。

もうすぐ新月。
浄化力が高まるこの時期に、少しでも静かな時間を作れますように。

彰子(しょうし)

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