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out of control

先週から少し情緒不安定気味な私である。
そんな中、過去にもこんな風に自分のコントロールを越えて不安定になったことがあったことを思い出した。
お恥ずかしいエピソードだけれど、せっかくだから書いてみよう。

一度は大学受験の時。
私は高校時代ひどく勉強をしなくて、一年浪人をした。
浪人時代は私は大手ではなく小さな予備校を選んだ。
なんか私はそういうちょっと外れた方を選ぶ傾向がある。
ドーンと王様のようなところに惹かれない。
少人数制のクラスだったり、先生との距離が近いことが私にとっては心地よく感じられた。
小さな予備校だけに選ぶ人たちがある意味大手でない(?!)(ごめんなさい。。)のか、なぜか私はその中では意外過ぎるほど成績が良かった。あくまで相対的に。

そして少人数の和気あいあいとした雰囲気にすっかり私は溶け込んで、楽しく浪人生活を送っていた。本当に楽しく。
仲の良い仲間が出来て、彼らに会うために図書館にも通った。
そこで勉強らしい勉強をした記憶はあまりない。

浪人といういわゆる世の中からちょっと外れたポッカリ違う空間で、その世界だけで完結しているようなそんな感覚が私にはあった。
そこで気の置けない仲間と出会い、過ごした時間が私にはあまりにも心地よかった。どう考えてもちょっとおかしいのはよくわかっている。
大学受験に失敗して、本当はそこで辛酸をなめているはずなのに、私にとってそんなことは全く気にならなかった。
心地よい天国にいるような気持ちだったのだ。

本当に親不孝だ。
ただただ怠惰に勉強をしなくて、浪人したいと言った私に、両親は何のお咎めもなしにそれを許してくれた。
ウチは全然裕福でも何でもなく、今思うととんでもない負担を親に強いていたはずだ。
現役の時、滑り止めに受けた女子大は実は受かっていたものの、私のプライドはそこには行くことを許さなかった。
ただ全滅したという事実を作らないためだけのものだったのだ。

そして、毎日熱心に予備校や図書館に通う私を見て、母は言った。
「ママは今度はあなたはどこにでも行けると思うわ。どんな大学だって大丈夫よ。」
母はプレッシャーをかけていた訳ではない。
そもそも一流大学に行ってほしいとかそういう希望を持っている人ではない。
母はただ私にとって一番いい道が開けることを願い信じていたし、素直に私が頑張っていることを称える気持ちから放った言葉だった。

私はママはなんて能天気なんだろうと、能天気に思った。
私は図書館でどうしているのか何にも知らないのに、私を信じている。
ただただ純粋な(無知な?)天使のように。
どこか遠くで私の罪悪感がうごめく。
でも私の生活は変わらなかった。

そんな生活を送りながら、時間は進み、年が明け、1月中旬過ぎた頃だっただろうか。
受験というものが、現実味を帯びて迫ってきた。
突然私は恐怖に襲われた。
自分がこれまでどれだけ勉強してこなかったか、自分が一番よくわかっている。
1年浪人させてもらって、今度ダメだったら??
当時の私にとっては一生一大事の問題になった。遅すぎる。こんな反応が遅く出る自分を今思っても怖すぎると思う。バカすぎる?!
身体がガクガク震え出した。そして涙が止まらなくなった。
恐怖を感じると人ってこうなるんだという症状だ。

どういう運びだったか覚えていないのだが、その後その症状を母が心配して、予備校の先生の所に一緒に行った。
それまで母が一緒に行ったことがあったかどうかも覚えていない。
そして情緒不安定になっている私に先生は、
「身体を作りなさい。まずはポーズを取るんです。背筋を伸ばして、そして口角を上げる。外側を作れば自然と心はついてきます。」
そんな風なアドバイスをくれた。それ以外に何かもらったかもしれないが覚えてない。
でも自信を持てる材料を自分で見つけることが出来なかったから、私は愚直にそれに従った。
そうしてその不安定な時間が1週間くらいだったのかあやふやだが、次第になんとか通常モードに戻っていった。
その後も何かあるごとに、そのポーズを取るよう努めていた。
そうして受験を迎えた。

結果的になんという幸運か、私は自分でまあ納得する大学になんとか滑り込んだ。もう奇跡としか思えない。
その後私はずーっと思っていたし、人にも言っていた。
私が大学に受かったのは母の信じる力による。ママのお陰だと。

その予備校で初期の頃、ある先生が言っていたことも頭に残っていた。
「これはどうしてかは先生もわからない。でもとにかくお母さんと仲良くしなさい。お母さんと仲良くしている人はなぜか受験が上手くいく」
そんな非論理的なことを言っていた。
それ以外の現実的に受験を乗り越える上での大事なことを色々言ってくれた後の最後の言葉だったように思う。

これまた何のオチもない。
ただこういうことがあったと言うだけの話。
この時の不安定さは恐怖心から来るものだった。
どうしようもない自業自得の!

こうして書いてみても自分がどれだけ甘い人生を送ってきたのかと思い知る。
そして今のこの不安定さも、ずっと遠くから見れば同じようなものな気はする。別に死ぬわけじゃないし、それどころか相当な安全地帯にいる。

ただ自分が感じることはどうしたって事実で、どんなに甘くたって、私にとっては一大事で、身体がそう言っている。
今はそれをそうだね、と受け止めることにする。

そして何年か後に振り返って、本当バカだよね、甘いよね、何だったんだろうね、でもそんなのも可愛いねって笑い飛ばしたい。

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